ハバクク 2:12 災いだ、流血によって都を築き 不正によって町を建てる者よ。
2:13 見よ、これは万軍の主から出たことではないか。諸国の民は力を費やしても火で焼かれるのみ。諸民族はむなしい業のために疲れ果てる。
2:14 水が海を覆うように 大地は主の栄光の知識で満たされる。
2:15 災いだ 自分の隣人に怒りの熱を加えた酒を飲ませ 酔わせて、その裸を見ようとする者は。
2:16 お前は栄光よりも恥を飽きるほど受ける。酔え、お前も隠し所を見られる。お前のもとに、主の右の手の杯と恥辱が お前の栄光の代わりに回ってくる。
2:17 レバノンに加えられた不法がお前を覆い 獣も絶えて、お前を恐れさせる。お前が人々の血を流し、国中で不法を 町とそのすべての住民に対して行ったからだ。
2:18 彫刻師の刻んだ彫像や鋳像 また、偽りを教える者が何の役に立つのか。口の利けない偶像を造り 造った者がそれに依り頼んでも 何の役に立つのか。
2:19 災いだ、木に向かって「目を覚ませ」と言い 物言わぬ石に向かって「起きよ」と言う者は。それが託宣を下しうるのか。見よ、これは金と銀をかぶせたもので その中に命の息は全くない。
2:20 しかし、主はその聖なる神殿におられる。全地よ、御前に沈黙せよ。
詩篇 3:1 賛歌。ダビデの詩。ダビデがその子 アブサロムを逃れたとき。
3:2 主よ、わたしを苦しめる者は どこまで増えるのでしょうか。多くの者がわたしに立ち向かい
3:3 多くの者がわたしに言います 「彼に神の救いなどあるものか」と。
3:4 主よ、それでも あなたはわたしの盾、わたしの栄え わたしの頭を高くあげてくださる方。
3:5 主に向かって声をあげれば 聖なる山から答えてくださいます。
3:6 身を横たえて眠り わたしはまた、目覚めます。主が支えていてくださいます。
3:7 いかに多くの民に包囲されても 決して恐れません。
3:8 主よ、立ち上がってください。わたしの神よ、お救いください。すべての敵の顎を打ち 神に逆らう者の歯を砕いてください。
3:9 救いは主のもとにあります。あなたの祝福が あなたの民の上にありますように。
マルコ 11:12 翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた。
11:13 そこで、葉の茂ったいちじくの木を遠くから見て、実がなってはいないかと近寄られたが、葉のほかは何もなかった。いちじくの季節ではなかったからである。
11:14 イエスはその木に向かって、「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」と言われた。弟子たちはこれを聞いていた。
11:20 翌朝早く、一行は通りがかりに、あのいちじくの木が根元から枯れているのを見た。
11:21 そこで、ペトロは思い出してイエスに言った。「先生、御覧ください。あなたが呪われたいちじくの木が、枯れています。」
11:22 そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。
11:23 はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。
11:24 だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。
山に向かって「立ち上がって、海に飛び込め」と命じ、果たして本当に山が動くことがあるだろうか。
いくら信仰を持って祈ってみても、それは絶対に無理な事だと思うし、誰もがそう思うだろう。
しかし、イエス様はあえてこのようなことを仰せられたのは、それができるのはイエス様だけだからということ同時に、そのイエス様に頼って祈る事を促しておられるということなのだろう。
もちろん、山を動かしたところで、何の意味もないし、そんなことのために祈る必要もない。
私たちは、もっと尊いことに祈りを捧げるべきであるし、なにより、神の御心にかなう祈りは必ず聞かれる。
御心なら、祈る前から、その通りになる。
ただ、だから祈らなくてもいい、というのではなく、だからこそ神の御心を求めて祈ることが大切なのであろう。
人間の思いはよこしまであるが、神の御心は恵みと憐れみに富んでいる。
人の罪が赦される事、人が救われること、人が永遠の命にあずかること、人が喜びと平安に満たされる事、神の御心が何であるかを探りつつ、祈り続けていきたい。