エレミヤ8章4~13節、詩篇119篇73~80節、使徒19章28~40節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 8:4 彼らに言いなさい。主はこう言われる。倒れて、起き上がらない者があろうか。離れて、立ち帰らない者があろうか。
8:5 どうして、この民エルサレムは背く者となり いつまでも背いているのか。偽りに固執して 立ち帰ることを拒む。
8:6 耳を傾けて聞いてみたが 正直に語ろうとしない。自分の悪を悔いる者もなく わたしは何ということをしたのかと 言う者もない。馬が戦場に突進するように それぞれ自分の道を去って行く。
8:7 空を飛ぶこうのとりもその季節を知っている。山鳩もつばめも鶴も、渡るときを守る。しかし、わが民は主の定めを知ろうとしない。
8:8 どうしてお前たちは言えようか。「我々は賢者といわれる者で 主の律法を持っている」と。まことに見よ、書記が偽る筆をもって書き それを偽りとした。
8:9 賢者は恥を受け、打ちのめされ、捕らえられる。見よ、主の言葉を侮っていながら どんな知恵を持っているというのか。
8:10 それゆえ、わたしは彼らの妻を他人に渡し 彼らの畑を征服する者に渡す。身分の低い者から高い者に至るまで 皆、利をむさぼり 預言者から祭司に至るまで皆、欺く。
8:11 彼らは、おとめなるわが民の破滅を 手軽に治療して 平和がないのに「平和、平和」と言う。
8:12 彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず 嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ 彼らが罰せられるとき、彼らはつまずくと 主は言われる。
8:13 わたしは彼らを集めようとしたがと 主は言われる。ぶどうの木にぶどうはなく いちじくの木にいちじくはない。葉はしおれ、わたしが与えたものは 彼らから失われていた。

詩篇 119:73 御手がわたしを造り、固く立ててくださいました。あなたの戒めを理解させ、学ばせてください。
119:74 あなたを畏れる人はわたしを見て喜びます。わたしが御言葉を待ち望んでいるからです。
119:75 主よ、あなたの裁きが正しいことを わたしは知っています。わたしを苦しめられたのは あなたのまことのゆえです。
119:76 あなたの慈しみをもって わたしを力づけてください あなたの僕への仰せのとおりに。
119:77 御憐れみがわたしに届き 命を得させてくださいますように。あなたの律法はわたしの楽しみです。
119:78 わたしを偽りによって迷わせた傲慢な者が 恥に落とされますように。わたしはあなたの命令に心を砕きます。
119:79 あなたを畏れる人、あなたの定めを知る人が わたしのもとに立ち帰りますように。
119:80 わたしの心があなたの掟に照らして 無垢でありますように。そうすればわたしは恥じることがないでしょう。

使徒 19:28 これを聞いた人々はひどく腹を立て、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と叫びだした。
19:29 そして、町中が混乱してしまった。彼らは、パウロの同行者であるマケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって野外劇場になだれ込んだ。
19:30 パウロは群衆の中へ入っていこうとしたが、弟子たちはそうさせなかった。
19:31 他方、パウロの友人でアジア州の祭儀をつかさどる高官たちも、パウロに使いをやって、劇場に入らないようにと頼んだ。
19:32 さて、群衆はあれやこれやとわめき立てた。集会は混乱するだけで、大多数の者は何のために集まったのかさえ分からなかった。
19:33 そのとき、ユダヤ人が前へ押し出したアレクサンドロという男に、群衆の中のある者たちが話すように促したので、彼は手で制し、群衆に向かって弁明しようとした。
19:34 しかし、彼がユダヤ人であると知った群衆は一斉に、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と二時間ほども叫び続けた。
19:35 そこで、町の書記官が群衆をなだめて言った。「エフェソの諸君、エフェソの町が、偉大なアルテミスの神殿と天から降って来た御神体との守り役であることを、知らない者はないのだ。
19:36 これを否定することはできないのだから、静かにしなさい。決して無謀なことをしてはならない。
19:37 諸君がここへ連れて来た者たちは、神殿を荒らしたのでも、我々の女神を冒涜したのでもない。
19:38 デメトリオと仲間の職人が、だれかを訴え出たいのなら、決められた日に法廷は開かれるし、地方総督もいることだから、相手を訴え出なさい。
19:39 それ以外のことで更に要求があるなら、正式な会議で解決してもらうべきである。
19:40 本日のこの事態に関して、我々は暴動の罪に問われるおそれがある。この無秩序な集会のことで、何一つ弁解する理由はないからだ。」こう言って、書記官は集会を解散させた。



アルテミスの神殿の模型を売っていたデメトリオという人物が起こした暴動により、エフェソの町は暴動に発展してしまうのであるが、町の有力者であったのであろうか、アレクサンドロの呼びかけも空しく、ついには町の書記官によってアルテミスの神殿こそが町の守り神であると宣言することによって、とりあえず暴動は収まることになる。
しかし、そのおかげで、アルテミス神殿に関わる事柄に、行政的なお墨付きを与えたようなものとなってしまい、エフェソの町での宣教はいよいよ困難を極めることとなって行ったことであろう。
皮肉にも、暴動を起こしているのはアルテミス信奉者たちであり、書記官もパウロらが神殿を荒らしたり、アルテミスを冒涜したりしたわけではないことを述べている。
いわゆる「言い掛かり」ということになろうかと思うが、おおよそ、キリスト教に対する迫害も、ほとんどの場合がこういった「言い掛かり」に近いものと言えるのではないだろうか。
「言い掛かり」に過ぎないのなら、それは真実ではないのだから、恐れる必要はない。
たとえ「言い掛かり」によって迫害されたり、捕らえられたりしたとしても、そこに真実がないのなら、いずれ真実が明らかにされるだろうし、正しい裁きが下されるであろう。
私たちはその時のために、道を踏み外すようなことはしてはいけない。
どんなに異なる宗教であっても、それを信じている人を批判したり、間違っても迫害したり、いやがらせのようなことをするならば、ここで暴動を引き起こしたデメトリオを何ら変わりがないことになるからである。
他の宗教を信じるわけではないし、受け入れるつもりはないけれども、それを信じている人を矯正はできないし、すべきでもない。
イエス様は、首に縄を括り付けて、無理やり私たちを救われたのではない。
救いの扉は開いておいたから、どうぞあなたも信じてこちらへいらっしゃいませんか?といったスタンスで私たちを招いておられる。
もちろん、異教との戦いはあるだろう。
けれど、まことの平和をもたらす救いの約束を頂いたものとして、他者を排斥するような仕方でのふるまいは避けたいものである。