サムエル記上9章15節~10章1節、詩篇115篇、1テモテ3章1~9節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

サムエル記上 9:15 サウルが来る前日、主はサムエルの耳にこう告げておかれた。
9:16 「明日の今ごろ、わたしは一人の男をベニヤミンの地からあなたのもとに遣わす。あなたは彼に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの指導者とせよ。この男がわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫び声はわたしに届いたので、わたしは民を顧みる。」
9:17 サムエルがサウルに会うと、主は彼に告げられた。「わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する。」
9:18 城門の中でサウルはサムエルに近づいて、彼に言った。「お尋ねしますが、先見者の家はどこでしょうか。」
9:19 サムエルはサウルに答えた。「わたしが先見者です。先に聖なる高台へ上って行きなさい。今日はわたしと一緒に食事をしてください。明朝、あなたを送り出すとき、あなたの心にかかっていることをすべて説明します。
9:20 三日前に姿を消したろばのことは、一切、心にかける必要はありません。もう見つかっています。全イスラエルの期待は誰にかかっているとお思いですか。あなたにです。そして、あなたの父の全家にです。」
9:21 サウルは答えて言った。「わたしはイスラエルで最も小さな部族ベニヤミンの者ですし、そのベニヤミンでも最小の一族の者です。どんな理由でわたしにそのようなことを言われるのですか。」
9:22 サムエルはサウルと従者を広間に導き、招かれた人々の上座に席を与えた。三十人ほどの人が招かれていた。
9:23 サムエルは料理人に命じた。「取り分けておくようにと、渡しておいた分を出しなさい。」
9:24 料理人は腿肉と脂尾を取り出し、サウルの前に差し出した。サムエルは言った。「お出ししたのは取り分けておいたものです。取っておあがりなさい。客人をお呼びしてあると人々に言って、この時まであなたに取っておきました。」この日、サウルはサムエルと共に食事をした。
9:25 聖なる高台から町に下ると、サムエルはサウルと屋上で話し合った。
9:26 彼らは朝早く起きた。夜が明けると、サムエルは屋上のサウルを呼んで言った。「起きなさい。お見送りします。」サウルは起きて、サムエルと一緒に外に出た。
9:27 町外れまで下って来ると、サムエルはサウルに言った。「従者に、我々より先に行くよう命じ、あなたはしばらくここにいてください。神の言葉をあなたにお聞かせします。」従者は先に行った。
10:1 サムエルは油の壺を取り、サウルの頭に油を注ぎ、彼に口づけして、言った。「主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです。

詩篇 115:1 わたしたちではなく、主よ わたしたちではなく あなたの御名こそ、栄え輝きますように あなたの慈しみとまことによって。
115:2 なぜ国々は言うのか 「彼らの神はどこにいる」と。
115:3 わたしたちの神は天にいまし 御旨のままにすべてを行われる。
115:4 国々の偶像は金銀にすぎず 人間の手が造ったもの。
115:5 口があっても話せず 目があっても見えない。
115:6 耳があっても聞こえず 鼻があってもかぐことができない。
115:7 手があってもつかめず 足があっても歩けず 喉があっても声を出せない。
115:8 偶像を造り、それに依り頼む者は 皆、偶像と同じようになる。
115:9 イスラエルよ、主に依り頼め。主は助け、主は盾。
115:10 アロンの家よ、主に依り頼め。主は助け、主は盾。
115:11 主を畏れる人よ、主に依り頼め。主は助け、主は盾。
115:12 主よ、わたしたちを御心に留め 祝福してください。イスラエルの家を祝福し アロンの家を祝福してください。
115:13 主を畏れる人を祝福し 大きな人も小さな人も祝福してください。
115:14 主があなたたちの数を増してくださるように あなたたちの数を、そして子らの数を。
115:15 天地の造り主、主が あなたたちを祝福してくださるように。
115:16 天は主のもの、地は人への賜物。
115:17 主を賛美するのは死者ではない 沈黙の国へ去った人々ではない。
115:18 わたしたちこそ、主をたたえよう 今も、そしてとこしえに。ハレルヤ。

1テモテ 3:1 この言葉は真実です。
3:1 「監督の職を求める人がいれば、その人は良い仕事を望んでいる。」
3:2 だから、監督は、非のうちどころがなく、一人の妻の夫であり、節制し、分別があり、礼儀正しく、客を親切にもてなし、よく教えることができなければなりません。
3:3 また、酒におぼれず、乱暴でなく、寛容で、争いを好まず、金銭に執着せず、
3:4 自分の家庭をよく治め、常に品位を保って子供たちを従順な者に育てている人でなければなりません。
3:5 自分の家庭を治めることを知らない者に、どうして神の教会の世話ができるでしょうか。
3:6 監督は、信仰に入って間もない人ではいけません。それでは高慢になって悪魔と同じ裁きを受けかねないからです。
3:7 更に、監督は、教会以外の人々からも良い評判を得ている人でなければなりません。そうでなければ、中傷され、悪魔の罠に陥りかねないからです。
3:8 同じように、奉仕者たちも品位のある人でなければなりません。二枚舌を使わず、大酒を飲まず、恥ずべき利益をむさぼらず、
3:9 清い良心の中に信仰の秘められた真理を持っている人でなければなりません。


神の教会の群れを導く働きを担う人は、誰でも良いというわけではない。
本日の日課の箇所では、節制や分別があり。礼儀正しく、客をよくもてなし、よく教えることができる人といったことが挙げられている。
そして、一人の妻の夫であり、自分の家庭をよく治めている人といったことも挙げられている。
いくら会衆を治めることができたとしても、自分の家庭の中が収められていないのであれば、その有り様は偽善的なものとなりかねないからであろう。
まずは自分の家庭がしっかりと愛と平和で保たれている事を求めつつ、些細なことのようであっても、大切に考えていきたい。
むしろ、家庭内の平和と安定のほうが本当は重要なのかもしれない。
長い人生において、毎日の食事だけでも、誰よりも多くの機会を共にするのが自分の家族でもある。
食事一つをとっても、とても大切な他者との交わりの時。
とはいえ自分の家庭のことだけを考えて行動するのも良くないが、家庭は社会の基本である。
もっとも身近な他者との交わりから見つめなおし、共に生きることの幸いを感謝したいものである。

黙示録3:20 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。