士師記3章7~11節、詩篇138篇、ルカ4章42~44節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

士師記 3:7 イスラエルの人々は主の目に悪とされることを行い、彼らの神、主を忘れ、バアルとアシェラに仕えた。
3:8 主はイスラエルに対して怒りに燃え、彼らをアラム・ナハライムの王クシャン・リシュアタイムの手に売り渡されたので、イスラエルの人々は八年間、クシャン・リシュアタイムに仕えなければならなかった。
3:9 イスラエルの人々が主に助けを求めて叫んだので、主はイスラエルの人々のために一人の救助者を立て、彼らを救われた。これがカレブの弟ケナズの子オトニエルである。
3:10 主の霊が彼の上に臨み、彼は士師としてイスラエルを裁いた。彼が戦いに出ると、主は、アラムの王クシャン・リシュアタイムを彼の手に渡してくださったので、彼の手はクシャン・リシュアタイムを抑えることができた。
3:11 国は四十年にわたって平穏であった。こうしてケナズの子オトニエルは死んだ。

詩篇 138:1  ダビデの詩。 わたしは心を尽くして感謝し 神の御前でほめ歌をうたいます。
138:2 聖なる神殿に向かってひれ伏し あなたの慈しみとまことのゆえに 御名に感謝をささげます。その御名のすべてにまさって あなたは仰せを大いなるものとされました。
138:3 呼び求めるわたしに答え あなたは魂に力を与え 解き放ってくださいました。
138:4 地上の王は皆、あなたに感謝をささげます。あなたの口から出る仰せを彼らは聞きました。
138:5 主の道について彼らは歌うでしょう 主の大いなる栄光を。
138:6 主は高くいましても 低くされている者を見ておられます。遠くにいましても 傲慢な者を知っておられます。
138:7 わたしが苦難の中を歩いているときにも 敵の怒りに遭っているときにも わたしに命を得させてください。御手を遣わし、右の御手でお救いください。
138:8 主はわたしのために すべてを成し遂げてくださいます。主よ、あなたの慈しみが とこしえにありますように。御手の業をどうか放さないでください。

ルカ 4:42 朝になると、イエスは人里離れた所へ出て行かれた。群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた。
4:43 しかし、イエスは言われた。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」
4:44 そして、ユダヤの諸会堂に行って宣教された。


日々の生活に追われていると、どうしても、自分のことや自分の家族や身の回りのことなどばかりにしか心が向かなくなってしまう。
それはある意味、仕方のないことであろう。
人間の目は、近くのものしか見えないし、近くの声しか聞こえない。
遠い世界のどこかで起きていることなど、知る由もないからである。
もっとも、近年では、テレビのニュースやインターネットの情報などを頼りに、世界中で起きている出来事をある程度は知る事もできる。
がしかし、完全ではないし、恣意的に報道されていれば、真実を知る事はできない。
我々には報道されている内容を信じるしかない。
中には真実をこの目で確かめようと、現地に赴く人もいるだろうけれども、そういった人はほんの一握り。
自分の周りの外の世界にまで関心を向けることは、なかなか大変だし、エネルギーも必要である。
私たちには難しいことかもしれないけれども、イエス様はそれをなさってくださった。
いろんな町へ出かけて行き、そして、神の霊の導きにより、宣教の御業は全世界の隅々にまで届けられていった。
今日、聖書の御言葉をこの地で、この私にも聞くことができるのは、本当に感謝なことである。
イエス様は、私のところにも来てくださるお方。
できれば、今、孤独の淵にある方のところへも、主なる神様の愛が届きますように。