雅歌 4:9 わたしの妹、花嫁よ あなたはわたしの心をときめかす。あなたのひと目も、首飾りのひとつの玉も それだけで、わたしの心をときめかす。
4:10 わたしの妹、花嫁よ、あなたの愛は美しく ぶどう酒よりもあなたの愛は快い。あなたの香油は どんな香り草よりもかぐわしい。
4:11 花嫁よ、あなたの唇は蜜を滴らせ 舌には蜂蜜と乳がひそむ。あなたの衣はレバノンの香り。
4:12 わたしの妹、花嫁は、閉ざされた園。閉ざされた園、封じられた泉。
4:13 ほとりには、みごとな実を結ぶざくろの森 ナルドやコフェルの花房
4:14 ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン 乳香の木、ミルラやアロエ さまざまな、すばらしい香り草。
4:15 園の泉は命の水を汲むところ レバノンの山から流れて来る水を。
4:16 北風よ、目覚めよ。南風よ、吹け。わたしの園を吹き抜けて 香りを振りまいておくれ。恋しい人がこの園をわがものとして このみごとな実を食べてくださるように。
5:1 わたしの妹、花嫁よ、わたしの園にわたしは来た。香り草やミルラを摘み 蜜の滴るわたしの蜂の巣を吸い わたしのぶどう酒と乳を飲もう。友よ食べよ、友よ飲め。愛する者よ、愛に酔え。
詩篇 145:1 賛美。ダビデの詩。 わたしの王、神よ、あなたをあがめ 世々限りなく御名をたたえます。
145:2 絶えることなくあなたをたたえ 世々限りなく御名を賛美します。
145:3 大いなる主、限りなく賛美される主 大きな御業は究めることもできません。
145:4 人々が、代々に御業をほめたたえ 力強い御業を告げ知らせますように。
145:5 あなたの輝き、栄光と威光 驚くべき御業の数々をわたしは歌います。
145:6 人々が恐るべき御力について語りますように。大きな御業をわたしは数え上げます。
145:7 人々が深い御恵みを語り継いで記念とし 救いの御業を喜び歌いますように。
145:8 主は恵みに富み、憐れみ深く 忍耐強く、慈しみに満ちておられます。
145:9 主はすべてのものに恵みを与え 造られたすべてのものを憐れんでくださいます。
145:10 主よ、造られたものがすべて、あなたに感謝し あなたの慈しみに生きる人があなたをたたえ
145:11 あなたの主権の栄光を告げ 力強い御業について語りますように。
145:12 その力強い御業と栄光を 主権の輝きを、人の子らに示しますように。
145:13 あなたの主権はとこしえの主権 あなたの統治は代々に。
145:14 主は倒れようとする人をひとりひとり支え うずくまっている人を起こしてくださいます。
145:15 ものみながあなたに目を注いで待ち望むと あなたはときに応じて食べ物をくださいます。
145:16 すべて命あるものに向かって御手を開き 望みを満足させてくださいます。
145:17 主の道はことごとく正しく 御業は慈しみを示しています。
145:18 主を呼ぶ人すべてに近くいまし まことをもって呼ぶ人すべてに近くいまし
145:19 主を畏れる人々の望みをかなえ 叫びを聞いて救ってくださいます。
145:20 主を愛する人は主に守られ 主に逆らう者はことごとく滅ぼされます。
145:21 わたしの口は主を賛美します。すべて肉なるものは 世々限りなく聖なる御名をたたえます。
ルカ 5:33 人々はイエスに言った。「ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」
5:34 そこで、イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか。
5:35 しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時には、彼らは断食することになる。」
5:36 そして、イエスはたとえを話された。「だれも、新しい服から布切れを破り取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい服も破れるし、新しい服から取った継ぎ切れも古いものには合わないだろう。
5:37 また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は革袋を破って流れ出し、革袋もだめになる。
5:38 新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。
5:39 また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』と言うのである。」
新しいぶどう酒は、まだ酸味が強く、刺激が強いため、古い革袋に入れると、革袋を痛めてしまい、破れて漏れてしまう。
そのため、新しい革袋に入れるのであるが、革袋自体も、ぶどう酒を入れることによって「なめし」の工程をへて、柔らかく、なめらかになるため、お互い必要としていると言える。
新しいこと、価値観、考え方、行動など、長く同じことを続けてきた者にとっては、なかなか受け入れがたい。
自分を変えることが面倒だし、ある意味、痛みを伴うものだからであろう。
しかし、それらの変革を経て、人もまた柔らかく、なめらかとなって行くのだろう。
聖書の御言葉を通して「あなたには罪がある」と言われれば、自分はずっと正しいことを行ってきたと自負している者ほど、カッとなってしまい、受け入れがたくなってしまうのかもしれない。
けれど、そういった刺激のある言葉は、自分を変え、よりよきものに変えて頂くチャンスであるのかもしれない。
最近、時々若い世代の子らの考え方や行動と、自分が若かった頃の行動との間にギャップがあることを感じるようになってきた。
老いてはこに従え、ではないが、これからの時代を生きて行こうとするなら、これからの時代の中心になっていく世代の子らの考え方に従うほうが上手くいくように思う。
親の世代の古い価値観を子に押し付けても、どちらもダメになってしまうだけであろう。
常に新しいものが良い、ということでもないが、新しい時代には新しい生き方が求められる。
神と出会い、罪赦され、新しくされた者として、新しい生き方を選び取って生きていきたいものである。