あまり暗い話題を題材にしたくないので避けていましたが、最近の事件のせいで、連日報道されているので、書きたいと思います。
自殺といっても人間の存在自体が肉体だけではないので、不可能なことですが、肉体だけが自分と思い込んでしまっているので、死んだら悩みも苦しみも葛藤も病気もなくなると思って、自分の肉体を殺すのでしょうが、その後に遭遇する壮絶な状況を知っていれば、誰も絶対に自殺を希望する人はいなくなるでしょう。他殺の場合はもっと大きな苦しみが待っているのは言うまでもありません。
誰しもたくさんの過去生も経験していて、その中には生命の法則を離れた想念行為もあるので、それが現在の環境、魂の漠然とした曇り、理由なき不安、恐怖、自殺への衝動となっていると思いますが、祈りでいくらでも光明に変えることができるのです。常に選択の自由が与えられているのです。なぜなら、一番奥には神意識(生命の光)がだれにも存在していて、もうすでに神様であり、創造主なのだから。
それを知らせたいのです。その創造主である自分の力を自他の幸せ、自他の自由のために使えばいいだけの簡単なことなのです。
五井先生の自殺についてのお話です。
世界人類が平和でありますように
May peace prevail on earth
スピリチュアリズム(心霊主義)、心霊科学の大きな役目は、肉体の死後にも意識がある、マインドがある、意識活動がある、個我が存在する、霊界がある、霊界は厳密な秩序社会である、ということを世に知らしめることだと思いますが、残念ながら未だ十分に認知されていないので、自殺、他殺、その他の犯罪、戦争がこの世に存在しているわけです。
そこで少し引用させていただきます。
(ケース1 ― 公衆浴場で自殺した身元不明の男性の霊による通信)
1858年4月7日の夜7時頃。
パリの公衆浴場の中で、身元不明の男性が、自分の喉を切って自殺しているのが発見された。
死後6日経ってから、パリのスピリティズム協会で、この男性との交信が行われた。
ー 今、あなたはどこにいますか?
「わかりません…。 教えてください。
私はまだ生きているのですか…。 棺桶の中で窒息しそうです」
ー ここ(協会の交霊会)に来るよう、誰かに勧められたのですか?
「何か、ほっとしたのを覚えています」
ー なぜ自殺をしたのですか?
「では私は死んでいるのですね。 いや、そんなはずはない。 まだ体の中にいますから。
私がどれほど苦しい思いをしているのか、あなた方にはわからないでしょう。
あぁ、息が詰まる!
だれかそっととどめを刺してくれないだろうか?」
ー なぜ身元を確認できるようなものを何も残さなかったのですか?
「みなに見放されたからです。 苦しみから逃れようとして命を絶ったのに、これでは拷問だ」
ー ご家族は?
「私はみなから見放されたのです。 もう誰も愛してくれません」
ー 自殺を試みようとしている直前、ためらいはなかったのですか?
「とにかく死にたかった。 疲れ果てていたので、休息がほしかった」
ー 将来のことを考えて思いとどまるという可能性はありませんでしたか?
「もはや未来などありませんでした。 すっかり希望を失っていたのです。 希望がないと将来のことなど考えられません」
ー 絶命した瞬間、どんな感じがしましたか?
「よくわかりません。 私が感じたのは…。
だいたい、私はまだ生きています。
私の魂はまだ、肉体につながっているのです。
あぁ、うじ虫が私の食っているのが感じられる!」
(※ うじ虫がわいている感覚や、身体が腐っていく感覚は、必ずしも自殺者特有のものだけではない。 精神的に生きず、ひたすら物質的な享楽を求めて生きた人間が死んだ時もよく見られるものである)
ー 死が完了したとき、どんな感じがしましたか?
「死は完了しているのですか?」
ー 死んでいくときは苦しかったですか?
「その後ほどは苦しくなかった。
その時苦しんでいたのは、身体だけでしたから」
(カルデックの背後霊団のリーダー聖ルイへの質問)
ー この霊は死の瞬間は、そのあとほど苦しくはなかったと言っていますが、これはどういうことでしょうか?
「死の瞬間に、霊が、その生の重荷から解放されつつあったのです。 そういう場合には、解放された喜びのほうが死の苦しみに勝る場合があります」
ー 自殺した場合は常にそうなのですか?
「必ずしもそうではありません。
自殺した人の霊は、肉体が完全に死ぬまでは、(※ シルバーコードで)肉体とつながれたままになります。
それに対して自然死は生命からの解放です。自殺は生命を破壊することなのです」
ー 事故で不本意に亡くなった場合も同様ですか?
「いいえ。 あなたは自死をどうとらえているのですか?
霊は、自分のしたことに対して、責任を取らされるのですよ」
(ケース2 ― 投身自殺をした男性の霊による通信)
1863年2月12日、ルアーブルにおいて催されたスピリチュアリズムの集会において行われた交信の記録。
霊が自ら降りてきて語る。
「あぁ、これほど長い間、これほどまでにひどく苦しんでいる悲惨な者に、どうか憐れみを!
あぁ、むなしい。。。虚無の中を落ちていく。限りなく落ちていく。
あぁ、助けてくれ!
神さま、私はとても悲惨な人生を送りました。 哀れな人間でした。
老いてからは常に飢えに苦しんでいました。
そして酒におぼれ、すべてを恥じ、すべてに嫌悪していたのです。
もうこれ以上生きていたくはないと思い、身を投げました。
あぁ、神様、なんと恐ろしい瞬間でしょう!
どっちにしろ長くは生きられなかったのに、どうして自分から死を選んでしまったのだろう!?どうか私のために祈ってください。
もうこれ以上、むなしい虚無感がのしかかってくることに、私は耐えられません。このままでは体が砕けてしまう。
どうかお願いします。
あなたがたは、自殺によって地上を去った人間が、どれほど悲惨な経験をするか、よくご存じでしょう。
見ず知らずのあなたがたに、こうしてお願いするのは、この苦しみにこれ以上耐えられないからなのです」
(ここから、霊媒の指導霊からのメッセージ)
「あの霊は、地上で悲惨な生活を送ったのち、すべてが嫌になって、自ら命を絶った人の霊です。
あの霊には、勇気が欠けていたのです。
そうしようと思えば、高みを目指すこともできたはずなのに、アルコールに溺れてしまったのです。
彼は絶望のどん底まで落ち込んで、1857年7月22日、フランソワ1世塔から身を投げて、哀れな人生に終止符を打ったのです。
霊的学びや成長が進んでいなかった未熟で哀れなこの霊に、同情しておあげなさい」
(その後調査をし、指導霊の語った内容が事実であることを新聞記事で見つけ、確認ができた)
6年経ってもこの男性は相変わらず、「塔から落ち、身体が岩に激突する」体験を繰り返している。
繰り返し、目の前に広がる空間を見ては恐れおののいているのである。
身体が落下しているときの恐怖に繰り返し、6年も、さらされ続けているのである。
(ケース3 ― 婚約者の不実への激しい怒りから自殺した男性の通信)
(彼の自死までのいきさつをかいつまんで説明します。
ルイという靴職人が、ヴィクトリーヌという名の縫い子に言い寄り、二人はもうすぐ結婚をすることになっていた。
ある晩、ルイは彼女の家で一緒に夕食を食べていたが、そのうち激しい口論になる。けれどもどちらも一歩も譲らずルイは怒って自分の家に帰ってしまう。翌日ルイは彼女のところに謝りにきたのだが、彼女は頑として許そうとしない。仕方なく数日おいて再び彼女の元を訪れたのだが、彼女はドアも開けず、彼の懇願にも応じることはしなかった。
そしてルイは、「これで永久にお別れだ!」と叫んで、様子が静かになる。15分後、ドア向こうで同じアパートの隣人の叫び声を聞きつけ、ヴィクトリーヌがドアを開けてみると、そこには心臓にナイフを突き刺し絶命していたルイがいた)
1858年8月 パリ・スピリティズム(霊実在主義。 英語ではスピリチュアリズム)協会にて。
最初に聖ルイ(カルデックの背後霊団のリーダー)の霊への質問。
― ヴィクトリーヌは図らずも恋人を死なせてしまったのですが、彼女に責任はあるのでしょうか?
「あります。 彼女はルイを愛していなかったからです。彼女は付き合い始めてからずっと、ルイと別れられる機会をうかがっていたのです」
― ということは、彼女はルイのことを愛してもいないのに、関係をつづけたということですか? それではルイをもてあそんだことになり、ルイはそのために死んだというわけですか?
「その通りです」
― 彼女の責任は、彼女の犯した過ちの度合いに比例して大きくなると思います。 意図的にルイを死なせた場合と比べればまだ責任は小さくて済むのでは?
「その通りです」
― 彼女のかたくなさにルイは錯乱して自殺したわけですが、となるとルイの罪はそれほど重くはないと思えるのですが?
「そうですね、愛ゆえの自殺ですから。 卑怯な動機から人生を放棄して自殺したケースに比べれば、それほど罪深いものとはされないでしょう」
次にルイを招霊して尋ねてみた。
― ご自分のされたことをどう思いますか?
「ヴィクトリーヌは不実な女です。 そんな彼女のために自殺するなんて、完全に間違いでした。 彼女はそれに値しない女です」
― つまり彼女はあなたのことを愛していなかったと?
「はい、そうです。 最初は愛していると思い込んでいたようです。 けれどそれは錯覚だったということと、私との最後のケンカの際に気づいたのです。 そこでそれを口実にして私と別れようとしたようです」
― ではあなたはどうなのですか? 本当に彼女を愛していたのですが?
「むしろ、彼女を欲していたというのが正しいかもしれません。 もし本当に愛していたなら、彼女に苦痛を与えようとは思わなかったはずですから」
― あなたが本気で死ぬつもりでいたと彼女が知っていたとしても、彼女は拒み続けていたでしょうか?
「わかりません。 しかしそうは思いたくありません。 というのも彼女は根はやさしい女性だからです。 もししかたなく私を受け入れていたら、彼女はもっと不幸になっていたでしょう。 あんなふうになったことは彼女にとってはむしろ良いことだったのです」
― 彼女の部屋のドアの前に行ったとき、もしまた拒まれたら本気で死ぬつもりでいたのですか?
「いいえ、思ってはいませんでした。彼女が予想していた以上にかたくなだったので、私の感情が激しく高ぶってしまったのです」
― あなたが自殺を後悔しているのは、彼女がそれに値しない女性だったという理由だけですか? それ以外に何かありますか?
「現時点ではありません。 まだ混乱しているのです。 いまだに彼女の部屋のドアの前にいるような気がします。 ほかのことはちゃんと考えられません」
― そのうちわかるようになるでしょうか?
「たぶん、混乱が収まれば。 私がしたことは誤りでした。 彼女はそっとしておいてあげる必要があると思います。 私が弱かったのです。 それを思うとつらいです。。。
男は情熱にとらわれて盲目になると、馬鹿なことをしでかすものです。 あとになってみなければ、どれほど愚かなことをしてしまったのかに気づけないのです」
― あなたはつらいとおっしゃいましたが、それはどんな感じですか?
「自ら命を縮めたことは間違いでした。あんなことはすべきじゃない。
まだまだ寿命が来ていたわけではなかったのですから、すべてに耐えなければならなかったのです。今は不幸を感じています。 苦しいのです。いまだに彼女のせいで苦しんでいるような気がします。 いまだに、自分に冷たい仕打ちをした女の部屋のドアの前にいるような気がするのです。もうこの話はやめましょう。 このことは考えたくありません。 苦しくてもうこれ以上は何も考えられません。 さようなら」
この例ではまず悪いのは娘のほうである。
愛してもいない男が自分を愛している様子を見ながら、彼の愛をもてあそんだ。
したがってこの責任の多くは、彼女のほうにある。
彼に関していえば、彼は自分が作り出した苦しみによって罰せられた。
しかしその苦しみはそれほどひどくはないだろう。
というのも、彼は一時的な興奮によって軽々しく命を絶ってしまっただけで、時間をかけて悩んでから、人生の試練から逃れたいがために自殺したのではないからだ。
(ケース4 ― 高学歴の無神論者の霊による通信)
JD氏は高等教育は受けておらず、骨の髄まで唯物主義がしみ込んでおり、神も魂の存在もまったく信じてはいなかった。
死後2年たってから、義理の息子の依頼で、パリのスピリティズム協会において、自動書記による交霊会が行われた。
― 招霊します・・・。
「うぅーん、苦しい! 俺は神から見放された」
― あなたのその後を心配するご家族の依頼を受けてあなたをお呼びしたのですが、こうしてお呼び立てすることがあなたをくるしめているのでしょうか?
「そうだ、辛い」
― あなたは自ら死を選ばれたのですか?
「その通りだ」
(書かれた文字はひどく乱れ、最初は怒りのあまり鉛筆を折り、(彼が憑依している霊媒によって)用紙も破いてしまったほどだった)
― 落ち着いてください。 私たちみんなであなたのために神に祈りましょう。
「なんだと? 俺に神を信じさせるつもりなのか?」
― どうして自殺などしたのですか?
「希望のない人生がたまらなく嫌になったからだ」
人生に希望が無くなった時、人は自殺したくなる。
あらゆる手段を講じて、不幸から逃れようとするのである。
だがスピリチュアリズム(霊実在論)を知れば、未来が開け、希望が戻ってくる。
自殺はもはや選択肢の中には入らなくなる。
そもそも自殺によって苦しみから逃れることはできず、かえってその百倍も厳しい苦しみの中に放り出されることがわかるからである。
― あなたは人生における様々な試練や不幸から逃れたくて自殺したわけですが、それによって何が得られましたか? 生前よりも幸せになれましたか?
「死んだあとに、どうして虚無が存在しないのだ?」
― できる限り、今のあなたの状態を教えてください。
「かつて否定していたことをすべて信じなければならないことにひどく苦しんでいる。 魂がまるで燃え盛る火の中に投げこまれたようだ。 本当に恐ろしい苦しみだ」
― なぜ生前、唯物主義者だったのですか?
「俺は前の過去生で意地の悪い人間だった。 そのせいで今生で俺はずっと "疑い" にさいなまれることになった。 そのために自殺したわけだ」
前世からの傲慢を引きずっている者、自らの過ちをしっかり悔い改めていない者には、直感的に霊界が存在することに気づくことが禁じられている。それは、自らの理性によって、神の存在と死後の生命の存続を認めなければならないからだ。
しかし思いあがりが激しいばかりに、自分を超える存在を認めることができず、再び傲慢の罪を犯すことになる。
そしてひどく苦しむわけだが、その苦しみは、彼らが傲慢さを捨て去って、宇宙の節理のために膝まずくまで続くのである。
― 水中に沈んで、いよいよ死にそうになった時、いったいどうなると思いましたか? その瞬間にどんなことを考えましたか?
「何も考えなかった。 死後は虚無だと思っていたからだ。 後になって、これからずっと苦しみが続くのだということを知った」
― 今では「神も、魂も、あの世もある」ということがわかったのでは?
「あぁ! あまりにも苦しくて、そういったことはよくわからない!」
― お兄さんにはもう会いましたか?
「いや、会っていない」
― どうしてでしょう?
「なぜこれ以上苦しみを増やさなければならないのだ? 兄も俺も今は不幸なんだぞ。 再会は幸福になってからで良い・・・。 あぁ、なんということだ!」
― あなたが生前属していた団体には、生前のあなたと同じような考えをしている人々が多いようですが、彼らに伝えたいことがありますか?
「あぁ、なんと不幸な人たちだろう! 彼らがあの世を信じられるようになるといいのだが。 それが俺がもっとも望むことだ。 今の俺のことを知ったら、彼らもきっと考えを変えるだろう」
この後、JD氏の兄が呼び出される。
兄はJD氏と同じような考え方の持ち主だったが、自殺で死んだのではなかった。
不幸ではあったが、落ち着いていた。
― あなたは弟さんよりも落ち着いているようですね。 あなたがどのように苦しんでおられるのか、詳しく教えていただけますか?
「地上においても、自分たちの過ちを認めざるを得なくなったとき、自分のうぬぼれや慢心ゆえに苦しむことはありませんか?
『あなたは間違っている』とはっきり指摘してくる人の前で、身を低くしていなければならない時、抵抗を感じるのではないですか?
生涯、死後には何も存在しないと信じ続けてきた人間、しかもだれがなんといおうと自分は正しいと思い込んでいる人間が、『死後も存続する』と知った時、どれほど驚き、また苦しむと思いますか?
突然、輝かしい真理の前に投げ出され、自分が無であると感じるのです。自分が恥ずかしくて消えてしまいたくなります。
しかもその恥ずかしさに、かくも善でかくも寛大な神の存在を、これほどまでに長い間忘れていたことに対する後悔が加わるのです。
これは本当に耐えがたい苦しみです。安らぐどころか平安でもないのです」
(ケース5 ― 破産が原因で自殺した男性霊による通信)
フェリシアン氏は裕福で教養があり、善良な性格の、霊感の強い詩人だった。また親切で思いやりに満ちあふれており、人々から大変尊敬されていた。しかしある時、投機に失敗し、全財産を失った。
すでに年を取っていたので一からやりなおす気力もわかず、1864年12月、自宅の寝室で首を吊った。
彼は唯物主義でも無神論者でもなかったが、少々軽薄なところがあり、死後のことは考えたこともなかった。
そして死後4か月ほどたった頃に招霊を試みた。
― 招霊します。
「あぁ、地上が懐かしい。 地上でも落胆を味わいましたが、こちら(霊界)ほどではありませんでした。あの世はもっと素晴らしいところかと期待していたのですが、思っていたほどではなかったです。
霊界はごちゃ混ぜの世界なので快適に暮らすためには、そこから抜け出す必要がありそうです」
(ごちゃ混ぜというからには、彼がいるところは低級霊がいる世界である)
― 恐れ入りますが、亡くなったときの様子を教えていただけますか?
「自分で死ぬことを選びました。あの死に方は気に入ってます。
人生からおさらばするのに、どんな死に方をすべきか、ずいぶん長いこと考えましたから。しかしあんな死に方も、結局、たいしたことはありませんでした。物質的な心配からは解放されたものの、こちらではそれ以上に深刻でつらい状況に陥ることになってしまったのですから。
しかもそれがいつ終わるのか、見当もつかないのです」
(霊媒の守護霊が、「彼はふざけて軽い答えかたをしているが、実際には相当辛い思いをしている。 自殺したことで大変苦しんでおり、できるだけ自分の悲惨な最期を思い出したくないのです」と答えた)
「あぁした形(自殺)をとらなければ、財政の危機的状況から逃れることができなかったのです。
今私が必要としているのは、みなさんのお祈りのみです。
もしお願いできるのであれば、私につきまとっている恐ろしい者たち、私をあざ笑い、ののしり、馬鹿にする者たちから解放されるように祈ってください。
彼らは私を『卑怯者』とののしりますが、確かにその通りなのです。
人生から逃げるというのは、卑怯以外の何ものでもないからです。
私はこれまでの転生で、この試練に4回も失敗しているのですよ!
今回は絶対に失敗しないと固く決心していたはずだったのですが…。
あぁ、なんという宿命だろう。どうか、どうか、祈ってください。
なんという拷問だろう。あぁ、苦しい…!」
(自殺したこの者の霊は、過去生でも何度も同じような事情で自殺をしていたのである。そしてこれからもそうした状況に抵抗できなければ、やはり何度も自殺することになるだろう。
われわれが地上に転生するのはあくまでも向上するためなのであって、その目的が果たせなければ、何のために転生したのかわからなくなる。 戦いに勝つためには、何度でも転生して挑戦する以外にないのである)
(ケース6 ― 前世で犯した罪の記憶にさいなまれて自殺した男の霊による通信)
カナダ銀行の支店の会計係であったアントワーヌ・ベルは、1865年2月28日に自殺した。
そして20年前から彼と知り合いで医学博士であり薬学博士でもある、カルデック氏の知人から、ベル氏に関する情報が伝えられた。
「ベル氏は物静かな性格で、子だくさんな父親でした。
しばらく前からベル氏は、自分が私の店で毒物を購入し、それを使って誰かを毒殺したという妄想を抱くようになりました。
やがて私の元を訪れ、私がいつ彼にどの毒薬を売ったのかを教えてほしいと言ってくるようになりました。
それから激しく落ち込むのです。
やがて夜も眠れなくなり、自分を責め、手で胸を殴るようにさえなりました。
彼は銀行で毎日夕方4時から翌朝9時まで、几帳面に、一度も間違えることなく帳簿をつけていたのですが、彼の家族はそんな彼の様子を心配していました。
彼が言うには、内部にある存在がいて、その存在が規則正しく帳簿をつけさせている、とのことでした。
ところがこんな理不尽な考えに完全に支配されるようになると、彼は私にこう言いました。
『いいえ、あなたは私をだまそうとしているのです。
私は覚えているのですから。
私があれ(毒薬)を買ったのは事実なのです』」
彼が自殺を図ってから約2か月後、パリで招霊された。
― 招霊します…。
「私に何をしろというのですか? 尋問でもするつもりですか? よろしい!結構です。 すべてを告白しましょう!」
― ちょっと待ってください。ぶしつけな質問をしてあなたを苦しめようなどと思っているわけではありません。 ただ今あなたがどんな境涯におられるのかを知りたいだけなのです。 もしかするとお役にも立てるかもしれません。
「もし助けていただけるのでしたら、どれほどありがたいか!
私は自分が犯した罪が恐ろしくてしかたないのです。
あぁ、私はなんてことをしてしまったんだろう!」
― どのような罪を犯したと思っていらっしゃるのですか?
「まず、私の心の中に希望の光を入れてくださったことに、感謝しなければなりません。
もうはるか昔のことになります。
今回の転生の直前に転生した時のことです。
私は南フランスの、地中海のすぐそばに立つ家に住んでおりました。
その時の私はかわいい女性と付き合っており、彼女は私の愛に応えてくれていました。
しかし私は貧しかったので、彼女の家族からはよく思われてはいませんでした。
ある日彼女から、大変繁盛している仲買人の息子と結婚することにしたと告げられました。
そうして私は捨てられました。
気が狂いそうなほど苦しんだ私は、結婚式の前日、相手の男への憎しみから、彼に毒を盛って殺したのです」
― それでその過去生でのあなたは自殺を試みたのですか?
「いえ、しませんでした。
希望が戻ってきたからです。
つまり、その娘と結婚できる可能性が出てきたのです。
私は心の中でひそかに喜びました。
しかし、罪の意識には勝てず、自首しました。
そして私は絞首刑となりました」
― 今回の転生においては、その過去生における悪しき行為の記憶はあったのですか?
「それを意識したのは最後の数年間だけです。
つまりこういうことです。
私はもともと善良な人間で、それはあの殺人を犯した時代もそうでした。
そしてこれが殺人を犯した霊にはありがちですが、犠牲者の最期の様子が頻繁に心によみがえってきて大変苦しかったので、私は何年もの間悔い改め、必死に祈り続けました。
その後私はまた生まれ変わって、別の人生を始めました。
それが今回の転生です。
私は平穏に、しかしおどおどしながら生きていました。
生まれつきの自分の弱さと過去生での過ちを漠然と意識していたのだと思います。
それは、潜在意識に記憶があったからです。
しかし、私が殺した男の父親が復讐心に満ちた憑依霊となって私に取り憑き、私の心の中に、あの過去生の記憶を走馬灯のようによみがえらせることに成功したのです。
憑依霊の影響を強く受けているときは、私は人を毒殺した殺人鬼であり、指導霊の影響が強い時には、子供たちのために一生懸命働いてパン代を稼ぐ健気な父親でした。
けれども、ついに憑依霊に負けて、自殺を図ったのです。
確かに私には自殺をしたという罪があります。
ですが、自分の意志だけで自殺を決行したのではなかった分だけ、罪は軽かったのです。
どうか、私のために祈ってください。
というのも、次の転生で私は再び、自殺したくなるような状況に置かれることになっているからです」
(霊媒の指導霊の話)
「神は単なる口先だけの約束では満足しません。
実際の行為によって善に戻ったことを証明しなければならないのです。
そのためにこの霊は新たなる試練にさらされたのであり、この試練を乗り越えてこそ、より強くなることができたわけであり、また、勝利の意味も大きくなるのです。
彼は憑依霊につきまとわれましたが、彼が十分に強くなりさえすれば、憑依霊も離れていったはずなのです。
憑依霊の言うことに耳を貸さなければ、そそのかされても、自殺してしまうことはなかったでしょう」
この霊の話は、過去生で犯した罪の記憶が、警告として、また悔悟の思いとして、人につきまとうことがあるという事実を明らかにしている。
つまりすべての転生が関連しているということなのである。