国家というものは、自国の権益がかかると、ああも理性を失ってしまうものなのですね。
かつては、日本もそういうことをしていましたので、これは中国だけを批判することはできません。
ほとんどの国が、自国、自国民の利益を害するものに対しては、理屈なく攻撃する想いが、湧き上がって止めることができないと思います。
これを『業想念』を言って、肉体の自分を守ろうとする奥深い本能が、理性を上回ってしますのです。
ここからが『祈り』の出番になります。
日本と中国が平和でありますように
中国が平和でありますように
中国の人々の心が、平和で柔和なものになりますように
中国人民の天命が完うされますように
こういうように、祈りの中に自分の想いを投げ込んでしまうことが、とても効果があります。
国家間の争いというものは、深い歴史的背景があり、簡単に調和してゆくものではないので、祈りの積み重ねがなければ、最後は、戦争という形になってしまします。
それは、過去の歴史の通りです。
すべての運命は、過去の自国、自分の想いが作り上げたものなので、目の前の運命を相手にせず、祈りによって完成された未来を作り続けることが大事だと思います。
祈りとは、守護の神霊の援助を、自己の運命に導き入れ、完成された本心の世界を作り出すための行為なのです。
世界人類が平和でありますように
すべての人間の天命が完うされますように
すべての人間が、本心を現しますように