子供にあげたいものは、何と何?
赤い林檎の頬をして 眠っている奈々子
お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり 奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの つややかな頬は
少し青ざめた
お父さんにも ちょっと酸っぱい思いがふえた
唐突だが 奈々子
お父さんは お前に多くを期待しないだろう
人がほかからの期待に応えようとして
どんなに自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり知ってしまったから
お父さんが お前にあげたいものは
( A ) と ( B )だ
(中略)
お父さんにも お母さんにも 酸っぱい苦労がふえた
苦労は 今は お前にあげられない
お前にあげたいものは 香りのよい( A )と
かちとるにむずかしく はぐくむにむずかしい
( B )だ
吉野弘 「奈々子へ」
空欄(A)と(B)に入るのは、どんな言葉でしょう?
なんて、現国の問題みたいですがw
皆さんなら、どんな言葉をいれますか?
私は答えを知っているので、なかなか他にいれる自分なりの言葉が思いつきませんが…。
さてさて、答えはまた次の記事で。
擬死と再生・胎内巡り
巨大な虎と、息子。
ここがどこだかわかるかた、いらっしゃいます??
土曜日、家族でぶらりと遊びに行ってきました。
本堂にて、「戒壇巡り100円」の案内を見つけ、皆でやってきました。
実は私、大の戒壇巡り好き。
日常であんな真っ暗闇を手探りで歩くことってないですよねぇ。あの一寸先も見えない闇がたまりません。
いちばん有名な、善光寺の戒壇巡りには行ったことないんですけどね。
京都の清水寺では、「胎内巡り」と言いますよね、戒壇巡り。
「擬死と再生」の体験であるとも言います。
暗闇の中をたどって、出口の光が見えてくる…ほんの短時間のことだけれども、たしかに、「生まれ変わる」ような心地にさせてくれます。
私が3歳の息子を抱いて、夫が1歳の娘を抱いて入りました。
息子は暗闇を怖がるけれど、娘はまだ暗闇を怖がりません。
息子は私にベッタリしがみつき、「明るいとこまだ?まだ?」とビビり。
娘は「自分で歩きたい~!」とばかりに夫の腕の中で大暴れしてたらしい。
息子が暗闇を怖がりだしたのは、1歳後半ぐらいだったような気がする。
赤ちゃん時代から1歳前半にかけては平気だったんだけど。
真っ暗な胎内で10か月も過ごしてたのにね。
とはいえ、私も暗闇は怖いです。
いや、今日本でふつうに暮らしてて、怖いって思うことはないんですけど。
昔、電気の通っていない、カンボジアの片田舎で暮らしていました。
灯りは、車のバッテリーにつないだ蛍光灯。灯油ランプ。月明かり、星明り。
月も星もない嵐の夜の闇の深さは、例えようもないものでした。
トタンの屋根をスコールが打つ激しい音、風に小屋の戸がガタガタと鳴る音。
同居人はプノンペンに出かけていて、一人の夜でした。
あの夜の闇に抱いた不安な気持ちは、今でもありありと思い出すことができます。
一人で何をしていても落ち着かなくて、「誰かとつながっている」ことを感じたいと思い、遠く日本の友人に手紙を書きました。
(余談ですが、このあいだ夫の手紙を整理していたら、そのときに私が書いたハガキが出てきて吃驚。
あ、当時はただの友人でしたけど。そのハガキの文章の中に、まさにその「嵐と暗闇」のことが書いてあって、おぉ~懐かしい~と思いましたw)
戒壇巡りの暗闇は、あのカンボジアの嵐の夜を思い起こさせてくれます。何も見えない、手をのばした先に何があるのかわからない、圧倒的な暗さ。
それもあって、あの暗闇と、それを抜けたときの光が、よけいに懐かしく好ましいのです。
これは蛇足かな。でも、好きな言葉です。
「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」(ニーチェ)
正論は人を追い詰める
今回、引用するにはうろ覚えの文章で申しわけないのですが…。
ちょっと、どこで読んだか忘れてしまったので。流れも曖昧ですけど、だいたいのイメージをつかんでいただければ。
子育てに関する相談で、「カッとなって子供を叩いてしまった」という母親に対してのコメントでした。
いろんなコメント(批判が多かった)が出されている中で、
「子供にこんなことをしてしまった、と母親がもっとオープンに言える社会になればいいと思う。今は子どもを守る目線が行き過ぎて、真面目に子育てしている母親を追い詰めていることもあると思う。」
「理想はあるべきものだけど、理想をそのままストレートに発することで、誰かを傷つけることもある。
(もちろん叩くことを肯定しているわけではないけれど)理想と現実の境界で、ギリギリのところで踏みとどまっている人はいっぱいいて、それは誰にでも起こりうることなんだ、という認識を持って発言しよう。」
という主旨のコメントをされていた方がいらっしゃいました。
叩いてしまったことを悪いと思っているからそこで相談をしているトピ主さんに対して、
「最低だ」
「叩くなんて絶対にやっちゃいけないこと」
「どうかやめてあげてください」
例え正論でも、そういうコメントばかりが並んでしまうと、
今度何かあったときに、もうそこで相談することさえできなくなってしまう。
私はそういう場で発言する勇気もなく、どうにもスッキリしない気分を抱えながらROMしていたので、
この発言にはなんだかとっても救われた気分になりました。
ワンダーラップ製造中止(布おむつの話)
布おむつ話です。興味ない方はスルーしてくださいね~。
私の愛用品であり、イチオシのおむつカバーであるワンダーラップ。
(画像は布おむつショップのルーピスト
さんより拝借しました)
なんと、製造中止になっちゃったそうで。
以前このカバーを購入したルーピストさんでも、今の在庫がなくなったらもう再販予定ナシとのこと。
このカバー、ほんとに使いやすいし、丈夫なんです。
ワンサイズなので、新生児から使えるし、今3歳・13kgの息子もまだ輪オムツ3枚ぐらいはさんでも使える。
使いやすいもんで、洗濯してまたすぐ使って…という頻度で使ってたんだけど、1年以上たった今でも、さほど傷みもなく、まだまだ使える状態。マジックテープもしっかりしてるし。
歩き出してからは、ポケット式ばかり使っているので、最近はあまり出番がないんだけど…。
でも、きっと3歳ぐらいまでは、夜のオネショ対策としても使うし…。
それに、この柄物が発売されたときに、
「3人目を妊娠したら絶対買おう!!」と決めてたんだよね…。
今、手持ちで2枚持ってるんだけど、洗い替え考えたら3枚ぐらい欲しい。
他のカバーも持ってるけど、そっちは息子と娘2人に使用したら、だいぶ傷みが目立ってきてるし。
まだ3人目の予定はないんだけど!!
でも、今買っておかないと、製造中止だからもう手に入らない。
しかも。
私、ルーピストさんで使えるお買いものポイントを2000ポイント持っている。
(おむつフォトコンテスト に送って、採用されたんです♪)
これ使ったら、買えるんだよねぇ。
買うか、買わないか。
うーーーーーー、迷う。
ママは神サマ
うんとむかし あたしには
困ったときには いつだって 救ってくれる神サマがいたの
その神サマは ピンクのエプロンをしてて
そうよ ママって呼んでたわ
ころんですりむいても
リボンが上手に結べなくても
いつだってママが助けてくれたのに
でもね
あたし わかったの
ママが泣いちゃってるの 見たときよ
ママだって悲しくって泣いちゃうこともあるって
神サマなんかじゃないの
- 船を建てる 上/鈴木 志保
- ¥1,155
- Amazon.co.jp
- 船を建てる 下/鈴木 志保
- ¥1,155
- Amazon.co.jp
「船を建てる」という、大好きな漫画の中の一篇より。
旧版(全6巻)を持っています。中学生のときに友人から借りて読んで、すごく影響を受けた本です。
長らく絶版になっていたのですが、新装版になって復刊したようです。
短編映画のような独特の雰囲気を持つ漫画です。
退屈だと思う人もいるかもしれないけれど、ハマる人はとことんハマる不思議な世界観の物語。
「あのね 人生は 時にはコーヒー1杯の暖かさの問題なの」
…という、私のプロフィールの好きな言葉の欄に書いてる言葉も、この本からの引用。
元は、リチャード・ブローティガンという小説家の言葉だそうで、村上春樹の「象工場のハッピーエンド」の中にも、同じ文章が引用されてます。
でも、私はこの漫画での引用が初見だったので、どうしても「チェリー(という名の登場人物…というかアシカだけど)の台詞だなぁ」という印象が強いのだ。
リチャード・ブローティガンは読んだことないしね。
冒頭の引用は、胎内記憶について印象的に触れられている短編からです。
小さいころって、確かに、母親は神サマみたいな存在だった。
抱っこしてもらってるだけで、怖いモノすべてから守ってもらえるような気がしてた。
怖い夢を見ても、いっしょの布団にもぐりこめば平気だった。
母親だけじゃなくて、大人はみんな、なんでもできるスーパーマンみたいに見えた。
子供たちから見たら、私もそんなふうに見えてるのかな。
そしていつ気づかれるのかしら、「ちっちゃい人間やなー」と(笑)。

