育児・子育ての詩と名言 -9ページ目

心がささくれだったときに、この詩を読みます。

妊娠中に、どこかで目にして、これはきっと産後に読み返したくなるだろうと思い、メモっておいたもの。

あとでググってみたら、ニュージーランドの子育て支援センターで掲示されていた詩。とのこと。



この詩、以前に、育児ブログでもmixiの日記でも紹介したことがあります。

そのたびに、いろんな方から共感コメントをいただきました。




前々からおつきあいのある方には「またかよ?」と思われるかもしれませんが。
しつこいけど、何回でも紹介しますよー。








Today

Today I left some dishes dirty.
The bed got made about two-thirty.
The nappies soaked a little longer.
The odour got a little stronger.
The crumbs I spilt the day before
Were staring at me from the floor.
The art streaks on those window panes
Will still be there next time it rains.
For shame,oh lazy one you say
And "just what did you do today?".

I nursed a baby while she slept.
I held a toddler while he wept.
I played a game of hide'n'seek.
I squeezed a toy so it would squeak,
I pushed a swing,I sang a song,
I taught a child what's right and wrong.

What did I do this whole day though?
Not much that shows,I guess it's true.
Unless you think that what I've done
Might be important to someone
With bright blue eyes-soft blond hair,
If that is true,I've done my share.

                (伊藤比呂美訳)

今日

今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは
だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって。

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ。




昨日と今日、うちはまさにこんな感じでした。

お皿は洗わなかった、布団はぐちゃぐちゃ、おむつの洗濯もたまってて、食べかすもちゃんと拭けてなくて床にこぼれてるし、窓ガラスなんていつ拭いたっけ??


ただ、詩と違うのは、育児もやや放棄気味だったんですけどね。ははは(乾いた笑い…)。



GW、5日まで祖母宅に滞在していたのですが。

私、4日の夕方に、高熱を出して倒れまして。

薬でごまかして、フラフラになりながら、5日の晩に帰宅しました。


家事もたまってたけれど、とにかく体調の回復を最優先…と、だらだら過ごしておりました。



なので、「そっちのほうがほんとなら、私はちゃーんとやったわけだ」とも言えず。

むしろ、体調悪くてイライラピリピリしてて、子どもに当たっちゃったぐらいです。




そんな日に、この詩を引用してくるのも申し訳ないかしら、とも思うのだけど。




でも、散らかった部屋を見て、「あーもー何やってんだろ私…」と、ちょっと心がささくれだったときに、この詩を読むと、



「きゅうっと鳴ったおもちゃ」や、「ぶらんこ」や、「澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子」のイメージがふわふわと眼前に浮かんで、



やわらかくてくすぐったくってやさしい気分になれるんです。



あかんぼとばあさん

いつもの正月とどこかちがうと思ったら

今年はあかんぼがいる



(中略)



あかんぼよ

お前さんは何になるのか

妖女になるのか貞女になるのか

それとも烈女になるのか天女になるのか

どれも今ははやらない

だがお前さんもいつかはばあさんになる

それは信じられぬほどすばらしいこと



うそだと思ったら

ずうっと生きてってごらん

うろたえたり居直ったり

げらげら笑ったりめそめそ泣いたり

ぼんやりしたりしゃかりきになったり



そのちっちゃなおっぱいがふくらんで

まあるくなってぴちぴちになって

やがてゆっくりしぼむまで



            谷川俊太郎 「あかんぼがいる」





GW、祖母の家に来ています。

私の祖母。息子と娘にとっては曾祖母です。


大正生まれの、88歳のおばあちゃん。

平成生まれの、1歳のむすめ。


この詩を思い浮かべながら、二人の並んでいる姿を見ると、とても不思議な気分になります。



 あかんぼもいつかはばあさんになる。

 それは信じられぬほどすばらしいこと。



「87歳違いの二人の女」として、並ぶ二人の姿を見る。

血のつながった、二人の女。





戦時に青春を過ごし、戦後の混乱の中7人の子どもを産み育て、老いて伴侶を喪い、思い出の中の古い時代と今を行きつ戻りつしながら日々を過ごしている、祖母。


祖母も87年前は、むすめのように、ちいさくやわらかくぴちぴちとした幼児だったのか、と。




孫の私には、それをうまく想像することができない。





そしてむすめの年老いた姿を想像することもできない。




あかんぼはあかんぼ。

ばあさんはばあさん。



87年たてばあかんぼがばあさんで、

87年前はばあさんがあかんぼだったなんて、




それはたしかに信じられぬほどすばらしいことだ、と思う。


ゆりかごを動かす手

The hand that rocks the cradle rules the world.

(ゆりかごを動かす手は、世界を動かす)


英語のことわざです。

「次代を担う若者を育てるのは、その母である」の意。


どんな名君、政治家、指導者にも、産み育てた母がいる。

…という、とても当たり前のこと。




ゆりかごを動かす手の持ち主は、だいたいが母親なわけだけれど。

専業主婦だったり、育休中だったりの方が多いんじゃないかと思います。


授乳やオムツかえなどの赤ちゃんのお世話、それに家事だけで一日が過ぎていく。


そんな毎日を送っていると、自分が、「社会と断絶している」ような…もしくは、「社会から取り残されていく」ような気分になったりしませんか??




私は、なりました。


独身で、会社でバリバリ働いている友人と会って、仕事の話なんかを聞いていると、余計にね…。

実際、「毎日何してるの?」って聞かれても、「子どもの相手したり、家事したり」…としか答えられないし。




でも。


何かで読んだんですよね。(ごめんなさい、出典は忘れたんですけど)

「次世代を育てる仕事は、もっとも社会的な仕事にほかならない」っていう主旨の文章を。



だからね。

引け目を感じることないんです。



母親は、育児を通して、世界を動かしてるんですよ。






……なんちゃって。なかなか、そう割り切って思えるものでもないですけどね。


まあ、少子化対策に貢献してることは確かです(^_^;)

すべてのおとなは、最初は子どもだったのです。

以下の文は、ある有名な本からの引用です。

何の本かわかりますか?




 すべてのおとなは、

 最初は子どもだったのです。


 (でも、それを覚えている人はほんの少ししかいません)




読んだことある人、多いと思いますー。

でも同じ本だと、この文章のほうが有名かな?



 心で見なければ、物事はよく見えない。大切なことは、目にみえないんだよ。




そうそう、これはキツネさんのセリフです。

サン・テグジュペリの「星の王子さま」より。





子どもだったこと、覚えていますか?


私はもうすぐ30歳なんですが、全然大人になった気がしません。

10代半ばぐらいで中身の成長が止まってる気がするんですが(自分では)。


でも、子どもではないんですよね。まったく。

しっかり、「大人の目線」に立ってるし、「大人の立場」にいてるな~、と。子どもと接してると、よく思います。

それが残念なようでもあり、でも、やっぱりそうあるべきだと思ったりもし。




すごくくだらない例で恐縮なんですが、


むかーし、自分が子どもの頃。

遊びに行った先(海とか、プールとか、アスレチックとか)で、いつも「お母さんは荷物みとくから、遊んでおいで」と、常に日陰で荷物番をかってでてくれていた母に、


「お母さんは荷物番ばっかりで遊ばれへんくって、かわいそうやなぁ」


…と思ってたんですが。



最近になって、「母はよろこんで荷物番をしていたのか!」と気づきました(笑)。


暑い中、子どもといっしょに日なたで遊ぶよりも、日陰で荷物番のほうがいいよーー!!


……という、「大人」の気持ちが、今ではよーーくわかります。


でも、外で遊ぶのが楽しくって仕方ない子どもの頃は、本気で「お母さんかわいそう」って思ってたんだよね。






子育てしていると、「親」の自分と、「かつて子どもだった自分」の板挟みになることもあります。(私だけ?)


自分もそうだったから子どもの気持ちはよくわかるんだけど、でも親としては別の意見もあって……みたいな。




そんなこんなでの葛藤もあるけれども、この、「かつて子どもだった自分」を思い出したり、追体験できるというのは、育児をしてての特権だなぁとも思います。


子どもを連れていった公園で久しぶりにブランコの鎖を握ったとき、手のひらに伝わる感触と、あとに残る鉄さびた匂いを嗅いで、なんとも懐かしく切ない気分になりました。

ちっちゃなことだけど、これも、子どもがいなければきっと思い出さなかったこと。




どうにもまとまりのない記事になっちゃいました。


「かつて子どもであった自分と、現在親である自分」というテーマについては、語りたいことがいっぱいあるので、またそのうちに。


あと、サン・テグジュペリの名言もまだまだいっぱいありますよー。

隣の芝生?

先日、子育て広場にて。

子供を外の砂場で遊ばせながら、馴染みのお母さんたち数人と話していました。


Aさん、Bさん、私、としますね。AさんもBさんも2児の母、そして現在妊娠中です。




Aさん「Yataさん、ほんとえらいと思うわー。上の子アトピーで大変やし、下の子まだまだ手ぇかかるのに、全然イライラしてるとこ見んし」


Bさん「うんうん、なんかのびのびしてる感じやんな。ストレスとかたまらん?」


私「いや、めっちゃたまってるって。一日家にこもってたりしたら、イライラして口うるさくなるし」


(中略)


Bさん「でも、Aさんもいっつも余裕がある感じというか、おおらかに育児してる感じがするわー。2人もいて、妊娠中でしんどいやろうのに、えらいよなぁ」


私「うんうん、そんな感じ。大きいお腹で、毎日二人連れてこうやって出てきてて、お弁当ももってきて、大変ちゃう?」


Aさん「いや、私、毎日めっちゃキリキリイライラしとるって! 外に出てるときはマシやけど、もうほんま、家やと暴君やで」


Bさん「えー! そんなふうに見えんて!」


(中略)

私「でもBさん、娘ちゃんへの接しかたとか話し方とか感情的じゃないし、そもそもBさんの雰囲気が癒し系やし、子どもも穏やかな子に育ちそうでいいな~と思うねん」


Bさん「えー!! 私そんなに穏やかじゃないって! 家での姿は見せられへんわ~。もっとガミガミやで!(笑)」


(以下略)






なんか互いに褒め合って馴れ合ってる感じで、「アホかこいつら?」と思われるかもしれませんが(^_^;)


周囲のママさんを見て、


「みんなえらいわー。ちっちゃい子いるのにいつもキレイにしてるし、イライラしてるとこ見たことないし、子どもとの接し方もちゃんとしてるし…。私なんて、化粧は3分かからんし、ちっちゃなことでイライラするし、子どもに声を荒げたりしちゃうこともあるし」


・・なんて思ってる方。


自分も周囲からはそんな「素敵ママ」さんだと思われてるかもしれませんよー!!(笑)






いや、そんな「素敵ママ」さんだって、実際いると思うんですけどね。

私は違いますが…(化粧3分未満は、私のことです。笑)。