前回までは玉村の神社を巡りましたが、次は烏川と利根川にはさまれた広い領域を北へ向かって進んでいきます。
ただ高崎平野部はやたら広い平原でして、やみくもに巡るのではよく分からなくなるので南北に流れるいくつかの河川に沿って神社を見ていこうと思います。
今回はその第1弾として烏川のすぐ北岸、かつては合流していたと思われる粕川を北へと遡り、沿岸の神社を参拝します。
■赤城神社・・・群馬県高崎市岩鼻町211
関東の北西の端
以下順次マップを拡大します。
高崎のエリア
その中でも烏川と利根川にはさまれた平野部
その広い大地を、なぜか利根川にも烏川にも合流せずに南へと下る河川が3本、粕川、井野川、滝川
そのうちの粕川流域に展開する神社を南から順にお参りします。
その第1弾が今回の赤城神社です。
横から
境内の祠
天王(スサノオ)、秋葉(金山彦)、その他は不明
「新全国神社検索」によればここ赤城神社の祭神は
《主》豊木入日子命
《配》宇迦之御魂神、櫛御気野命、八衢比古神、八衢毘売神
豊城入彦は崇神の皇子で東国に荘園を得る(侵略)ために派遣された人物です。
百嶋神社考古学では豊城入彦は福岡県久留米市田主丸町豊城に住んでいた、とされています。
つまりここ赤城神社のエリアは後から入ってきた豊城入彦が支配したところ、といえるのかな。
注目は八衢比古(ナガスネヒコ)、八衢毘売(オキツヨソタラシ姫)
通説では別の祭神をあてますが、百嶋神社考古学では上記の通りです。
ナガスネヒコとオキツヨソタラシ姫の兄妹の父が櫛御気野(スサノオ)です。3人親子です。
この親子がここ赤城神社の基層にあると感じます。
そしてこの組み合わせは初代武蔵国造・兄多毛比(えたけい)が引き連れたという氷川族だと考えています。
不思議なことに「赤城神社」なりの祭神が見当たりませんね…
大山祇は消されてしまったのでしょうか。










