前回の春日神社の傍

 

■大森神社・・・群馬県高崎市下室田町919

 

関東平野の北西のはずれ

以下順次マップを拡大します。

 

 

これが高崎のエリア

 

烏川が山中を流れ下っている。

 

そんな谷間

 

川の合流点

 

 

交通量の多い道路に面した街中の神社です。

 

 

 

 

灯篭の台座が

 

六角形、大幡主の印

 

拝殿

 

主祭神は国常立、大山祇の母

群馬の基層的祭神・大山祇勢力の神社だったのでしょう。

摂社・金鑚社(八坂神社)、祭神・スサノオ、となっています。

金鑚というと金山彦ですが、後の時代にスサノオをされたのでしょうか?

 

つまりここ大森神社は大山祇と金山彦という、石と地下資源採掘の祭神が主体になっています。

 

なぜか千木、鰹木は男神を示しています。大山祇か?

 

本殿壁画のモチーフはまぁ…

赤いのは瀛氏・金山彦の伝統だと考えます。

 

「新全国神社検索」によればここ大森神社の祭神は

《主》国常立之尊

《合》大己貴尊、大山祇命、建御名方神、火産神、埴山姫神、宇迦之御魂神、志那都比古神、埴安姫神、保食神、瀬織津比?命、菅原道真、徳川家康、藤大夫、吉備真備、天照大神、豊受大神、素盞嗚命、稚日姫命、天照大神

 

国常立は大山祇の母

大山祇は群馬の基層を成す祭神で、おそらく広く群馬を最初に浸透した石の祭神だったと考えています。

そして大己貴はその大山祇の息子です。

おそらくは本殿の千木、鰹木が表しているのは大己貴でしょう。

 

榛名山麓の地下資源採掘のために新潟から大山祇を信奉するグループがここ大森神社の地に入植し、大山祇の母・国常立を祀っている…と見えます。

これは古い時代の祭神を残しているといえるでしょう。

 

火産=金山彦も地下資源採掘の祭神。

埴山姫(埴安姫)は金山彦の妃にして、大山祇の妃ともなっています。

埴安姫は榛名山の祭神でもあるので、赤城山の大山祇と利根川をはさんでその利権をコントロールする立場だったんじゃないかと想像します。

 

志那都比古は九州・阿蘇山西麓の立田阿蘇三宮神社の祭神です。

これは#192奥氷川神社でもレポートしましたが、

級長津彦(志那都比古)=草部吉見、阿蘇系ですので、群馬西部の山奥と言ってもいいここ大森神社に阿蘇系が入り込んでいるのは、おそらくは日本海側から入ったのではないかと想像します。

 

瀬織津姫がここに入っているのがよく分かりません。

瀬織津姫は近畿政権が送り込んだ小野氏が持ち込んだ祭神、という解釈も東京都・多摩川流域ではありましたが、

ここは群馬の奥地であって、同じように考えるわけにはいきません。

 

百嶋神社考古学では、瀬織津姫は櫛稲田姫の別名です。

この櫛稲田姫は金山彦(瀛氏)と埴安姫(大幡主の妹)の娘。

櫛稲田姫はスサノオとの間に長髄彦、オキツヨソタラシ姫を産んでいますが、

後にヤタガラス(大幡主の息子)の妃となっています。

オキツヨソタラシ姫もヤタガラスの妃となっています。

普通に考えるとヤタガラスと金山彦をつなぐような立場の人だと思います。

 

藤大夫…藤原なのかな??

 

稚日姫もよく分かりません。

候補を挙げるにしても、ほかの祭神が多岐に渡っているのでなんとも…

 

ざっと祭神を見ましたが、大山祇(大己貴)、金山彦をベースとして様々なグループが入っていたのですね。