避暑地を求めて三千里…、夏は涼しいところに行きたくなりますよね…


そんな思いの史跡好きさんにおすすめしたいのが比叡山です★


叡山電車を降りてケーブルカーとロープウェイで比叡山を登ると、あら、不思議

下界の暑さが嘘のような涼しさでした(^O^)

史跡巡りサークルー旅イロー


もちろん比叡山には徒歩で登る登山道もあります

体力のある方は是非!

え?旅イロメンバーは若いのに登らないのか、って?

無理です、比叡山延暦寺内の階段と坂だけでへとへとなメンバー続出でしたから(笑)



1200年前、伝教大師・最澄が開山した天台宗の総本山である比叡山延暦寺

日本仏教の母山とも呼ばれている比叡山は多くの名僧・高僧を輩出しました

鎌倉仏教の有名人、法然に栄西に親鸞、道元さらに日蓮!そうそうたるメンバーですね!

比叡山は仏教を学ぶ神聖な場だったのです

史跡巡りサークルー旅イロー



パネルで学びつつ比叡山を登る旅イロメンバー


しかし後々、延暦寺は武力を増し、僧兵と呼ばれる法師達は時の権力者に武力で言い分を通すほどに!

院政で有名な白河法皇も、こう詠っています「賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」

この山法師がまさしく比叡山延暦寺の僧兵たちのことです


そして有名な事件が、そう、織田信長による比叡山焼き討ち

僧兵だけでなく逃げ惑う民間人もことごとく殺したそうですからすさまじい…

ちなみにこの事件は宗教的対立ではなく、延暦寺が

信長と対立する朝倉義景・浅井長政軍の味方をしたために起きました

早めにつぶしておきたい敵だったんでしょうね…


ちなみに比叡山には延暦寺という名前の建物はありません

三塔と呼ばれる東塔、西塔、横川の地域を総称して比叡山延暦寺といいます

今回は国宝である根本中堂もある東塔地域を中心にまわりました!


以下、参加メンバーの感想です(^O^)





おはらめ

比叡山の気温は快適で風が心地よーいいい所でした。ただ延暦寺内は坂や階段が多かったので、膝がGakuGakuになりました。バリアフリーとはほど遠いかなっ。私の体力の問題かなっ。個人的にはお坊さんの行列が印象的でした。

ふみふみ

私は前に家族と一度比叡山に行ったことがあるんですけど、
森林に囲まれていて、
とっても空気が澄んでいて、
やっぱりもう一度行っても
心が浄化されたような気がしました(*^^*)
日頃の浄化が癒された←←
信長様はよくこんな場所を焼き討ちできたなぁと複雑な思いになりました。
秋は紅葉がきれいなようなので、もう一度行きたいです♪



お春

とにかく涼しくて下界に降りたくないとずっとわめいていました(笑)
お寺のお香の香りはやっぱり落ち着きますね、これは日本人特有なのでしょうか
大講堂では修行者やインドの仏僧のパネルも展示されていて高校時代の宗教の授業を復習している気分でした
ところどころ仏教の勉強を教えてくれているような気がして
さすが昔からの仏教の学び舎であるなと思ったりしました*


太一

比叡山からの景色は、西は京都!東は琵琶湖!という感じでとても絶景でした。あと、ロープウェイからは鹿が見えました。延暦寺内は急な階段にはびっくりしましたが、延暦寺にまつわる人の絵と紹介がたくさんあって、すごいとこだなぁと改めて感じました。比叡山は涼しくて気持ちよく、帰りの電車を降りて、やっぱ京都暑いよ(′A`)ってなりました。

浦松

朝から暑くてどうなることかと思ったけれど、山の上は涼しくて気持ち良かったです。お堂の中では坊さんが火を焚きながらお経を唱えていて少しあやしかったです。あと階段が急で息切れしてしまい運動不足を痛感しました。ケーブルカーの形が印象的でした。

生川

比叡山は涼しくて気持ち良かったです。出来ることならずっと上に居たかったです(笑)結構高い山だったので景色が綺麗でした。こんな高い所から神輿担いで強訴に行った僧兵の人たちは凄いなぁと思いました。延暦寺の境内は結構起伏富んでいたのでちょっと疲れました。延暦寺には色々な伽藍がありましたが、中でも根本中堂が印象に残ってます。大きくて立派でした。文殊楼の階段(梯子?)も中々スリリングでした。

世界の美男美女シリーズ第2弾!

今回の美男はアーネスト・ヘミングウェイです*



ヘミングウェイがイケメンなイメージなんて無い・・・
というあなた!!

これを見てください!

史跡巡りサークルー旅イロー
史跡巡りサークルー旅イロー

どうですか??
若い頃はかなりのハンサムだったんです(//^^//)

(わたしが一番かっこいいと思うヘミングウェイの画像が見つからなくて・・・残念><)



まず、どんな人物なのか?

ヘミングウェイはアメリカの作家で、『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』などの作品を書きました。
『武器よさらば』は第一次世界大戦、『誰がために鐘は鳴る』はスペイン内戦の戦地に自ら赴きその体験をもとに書かれた作品です。
そして、『老人と海』という作品でノーベル文学賞も受賞しています*



さて、、、
今回はあえて、そんなヘミングウェイの「恋愛」にスポットを当てて見ていきたいと思います!!


恋愛に生きた彼の年表です↓
(恋愛に関する出来事には☆印)

1899(0歳)ヘミングウェイ誕生
1918(19歳)第一次世界大戦でミラノへ
       ☆足に砲撃を受け入院した病院で、アグネスという看護士と出会う
1919(20歳)☆アグネスから絶縁の手紙
1921(22歳)☆ハドリーという女性と結婚
1927(28歳)☆ハドリーと離婚
      ☆夏、アメリカ人記者ポーリンと結婚
1929(30歳)『武器よさらば』出版
1937(38歳)スペイン内戦の戦地へ
      ☆スペインで女性記者マーサと恋愛
1940(41歳)『誰がために鐘は鳴る』出版
      ☆ポーリンと離婚
      ☆マーサと結婚
1945(46歳)☆マーサと離婚
1946(47歳)☆「タイム」誌の特派員メアリーと結婚
1952(53歳)『老人と海』発表
1954(55歳)ノーベル文学賞受賞、飛行機事故
1961(61歳)猟銃自殺により亡くなる




このように、ヘミングウェイは人生で4回の結婚をしています。
しかもほとんど、離婚してから半年ほどでの再婚((・0・))
離婚して即再婚なんてときもあります

すごいなぁ



たくさんの女性と出会った経験は、作品に何か影響していたりするんだろうか・・・?



じつは、影響大アリです!!

第一次世界大戦でミラノに行ったヘミングウェイは、両足から28個の砲弾の破片が摘出されるという大けがを負いました。
その時、病院で出会った看護士アグネスと恋に落ちました。
このアグネスこそが『武器よさらば』のヒロインのモデルであり、作品の前半はこの実体験をもとに書かれているのです。


そして、『誰がために鐘は鳴る』の「マリア」という女性の容貌は、3人目の妻となるマーサがモデルとなっています。
その他マリアの人物像は、スペイン内戦の際、友人の入院する病院で出会った看護士マリアから創られました。


多くの恋愛経験が、魅力的なヒロインを生み出していたのですね*




次回は、そんなヘミングウェイの恋に関する名言などをお送りします(*^^*)





参考文献:『ヘミングウェイ要約『誰がために鐘は鳴る』』(講談社)