6月16日、新緑の嵐山で念願の
保津川下りをしてまいりました‼


史跡巡りサークルー旅イロー
メンバーは、
お春*山のこ*たいち君*綾^_^
メンバー的にゆっるゆるの
活動になりました笑

清涼寺も訪れましたが、そこでは
運が良く、仏様が見れるように
なっていて、お坊さんのお話を
聞くとゆう貴重な経験ができました☆‼
清涼寺におられる本尊様は、インド
から中国を経て日本を伝わったと
される釈迦如来様で、日本のお釈迦様
とは服装やポーズが異なっています‼

また、お釈迦様の体の中には内蔵を
模した五臓六腑が入れられていたり、
目には水晶体を模した石、耳には
鼓膜を模した水晶がはめられるなど、
本当に生身のお釈迦様として信仰
されてきました‼
そんな生きたお釈迦様は不思議な
パワーを感じました。
私は清涼寺の独特の雰囲気が大好きに
なりました( ^ω^ )‼



では、みんなにも感想を
聞いてみましょーっ!
まず、お春の感想から(^.^)


☆お春

京都にいながら、保津川下りは初めての経験でした\(^o^)/

想像していたよりも、波しぶき散る迫力ある川下りで、アトラクション感覚で楽しめましたよ*

自然も豊かで癒された~
川鵜のような鳥だけでなく水を飲みに来たりしている鹿にも会えましたよ!
四季折々の季節が楽しめるんだろうな~

船頭さんの話も興味深いものだらけでした*
昔は
一時 間で下った舟を、ロープで引っ張って四、五時 間かけて川上りしたそうです!
過酷…(д )
現在はトラック輸送だそうですが川岸に船頭さんの通っていた道やロープの跡が確認できます
巧みな話術で楽しませてもらいました(∀)

清涼寺も初めて訪れました!
タイミングよくお坊さんの話を聞くことが出来て、仏像の話を詳しく聞くことが出来ましたよー!
嬉しかった\(^o^)/
中国インド日本の流れを汲んだ仏像だなんて、世界の歴史を感じられました*

みんなで嵐山をぶらぶらしたのも楽しかったです(∀)
デザートはやっぱりあんみつですね!笑



☆山の子


保津川下りと清涼寺!

さすが亀岡!
川下りの間に亀を何匹も目撃(・∀・)
船頭さんがほんものやでー、置物やでー、と翻弄してくるから困りもの。

保津川下りには300年の歴史があるとのことで、船頭さんたち喋りがめちゃくちゃうまい。
しかもなんてったってイケメンぞろいですから!笑

船頭さんとして一人前になるには五年、10年かかるなんてびっくり!
でも、川の風や緑は心地よいけど、人はやっぱり人の温かさに惹かれるとおもうわけです。船頭さんたちの元気さがまた乗りたいなーと思わせます(*^^*)
歴史の賜物ですな。




☆たいち君


保津峡の風景は 夏!!って感じがしてよかったです。川下りはところどころ結構激しくて、水しぶきがかかってきました。でも、暑かったので気持ちよかったです(^ω^) あと、船頭さんがおもしろかったです。清涼寺はその名の通り?水の流れる音がして涼しげな感じでした。それに、お坊さんから直接お話が聞けてとてもよかったです。やっぱり嵐山はいいとこです!!






とまあ満場一致で、、、

嵐山は最高です‼

6月の嵐山は、旅イロ恒例になりそう( ^ω^ )
みんな、また行こうね♡
史跡巡りサークルー旅イロー

こんにちは!
今回は目をおっきく見せる方法(江戸時代式!)について書きます☆

『都風俗化粧伝』「眼の小さきを常のごとき目にする伝」では、
生まれつき目が細く、目を塞いでいるようである人は、
目が小さいのを隠そうと目を見張っていると見苦しい!
普通の目のように見せたいのなら、化粧と心持ちだ!
というようなことが書かれています☆

じゃぁ、具体的にどうすればいいの(・・?)

この本によると、
化粧した後に、まつ毛のあたりを湿った手拭いで拭って、うすい紅をさせばよいのだとか☆

現代ではピンク系のアイシャドウを使って実践できそうですね(^-^)


参考:陶智子『江戸美人の化粧術』(講談社 2005年)


どーも(*^^*)

少し前に、旅イロメンバーの「やまのこ」・「ありさ」と神護寺に行って来ました(^0^)
京都市右京区にあるお寺ですが
京都市の真ん中から程良く離れたところにあって景色がとってもよかったです!

神護寺のはじまる楼門までひたすら石段!
もみじの緑って鮮やかなきみどりで、ほんとうに綺麗っ
紅葉のときも綺麗だろうな~
史跡巡りサークルー旅イロー
やっと着いた!!
1629年頃に建てられたという楼門です(・∇・)
史跡巡りサークルー旅イロー
門をくぐるとこの景色。開放感~(*^^*)
史跡巡りサークルー旅イロー
神護寺には、書院・茶室・和気公霊廟・鐘楼・明王堂・五大堂・毘沙門堂・大師堂・
多宝塔・竜王堂・金堂・地蔵堂そして和気清麻呂公墓・文覚上人墓・性仁法親王墓・・・
など見るべきところがたくさんあって、
ちゃんとまわったら40分はかかるそうです(((・0・)))
私達は暑すぎていくつか諦めたけど、それでもしっかり40分かかった!


ここで少し神護寺のはじまりを・・・
神護寺を造ったのは和気清麻呂です(^0^)
史跡巡りサークルー旅イロー
和気清麻呂公墓*

奈良時代末期、道鏡というお坊さんが称徳天皇の厚い信頼を得て政治の実権を握り、
さらには皇位までうかがうようになりました。
それは八幡大神のお告げでもあったのですが、この信託を確かめるため、
称徳天皇は和気清麻呂を宇佐神宮に遣わしました。
するとその神のお告げは・・・「皇位継承者には皇族の継嗣をたてよ。」

そしてそのとき同時に神から告げられたのは「一切経を書写し仏像を造り、最勝王経一万巻を読経して一伽藍を建てたなら、国家は安泰になろう」。
さっそくこれに応えて寺を造ろう!というところなのですが、、、
先ほどのお告げが道鏡の怒りにふれ、清麻呂は流罪になってしまいます。

程なくして称徳天皇が崩じると、道鏡は左遷され、清麻呂は復位。
そして782年、桓武天皇のときにやっとの思いで寺を建立☆
しかし、「神願寺」と名付けられたこのお寺は低湿の砂地にありました。
そこで、もっと良い場所に移したい!ということで高雄山の高雄寺と合併し、
今の高雄山神護寺となったのです(*^^*)

そしてこの神護寺、じつは空海や最澄とふかーい関わりがあるのですが

それはまた次回に!さよなら!(><)