今月店が契約できて、内装工事が5月に始まれば、5月後半に日本に行く予定で、連日打ち合わせをしておりますが、どうなることでしょう。

旅費会社持ちで日本行きとは大変うれしい話なんですが、初めて行く方たちを連れて行くので、引率の教師か、添乗員か、と言う感じで、私個人は楽しむどころじゃないかもしれませんね。


救いは参加者のかたがたは、裕福ですので、間違っても急にいなくなって場末の飲み屋で働くようなことや、肉体労働で稼ぎに行くような事は無いと思います。

一応、いろんなビジネスがらみの視察も入っておりまして、観光だけではないんですね。

とにかく、参加者の皆さんは相当に期待しておりまして、ハリキリすぎて困っています。

今は便利な時代ですので、いろんな英語のウェブサイトで情報を仕入れては、私に聞いてきます。
行きたい場所をリクエストされたほうが、動きやすいかもしれませんが、変わったリクエストもあって簡単にはいかないんです。


行きたいリストは こういうところです。

実現の可能性が高いのをAとして、難しいリクエストをB,Cと分けてみます。


A 一番簡単な観光   

浅草観光 上野動物園 原宿 秋葉原 東京ディズニーランド 高島屋 おいしいラーメン屋など。

まあ、楽勝ですな。 えっへん。


B 変なリクエスト。

・築地市場に朝6時頃行ってすし食べる。(楽しいだろうけど、しんどいなあ、朝早くて。)
・猫カフェで、まったりする  (猫好きですが、行ったこと無いし。)
・両国でスモウレスラー探して記念写真 (いるかな? 頼むのオレしかいないし。)
・A5松坂牛を食べる 4000円くらいで。 (食べたいけど、安くてうまいのどこかな~ 食べログ信用できないし。)
・着物着て写真撮る (そんなん、したいかなあ? 結構高いと思うし。)


C 実現困難なリクエスト

・ 桜の下でお花見。 (5月後半は北海道の北のほうとか間に合いますか?)
・ マウント フジ登頂 (私が無理です。 みんなそんな服装じゃないし。)



こんなところです。
珍道中は好きですが、どうなるのか、またブログで発表します。



また、このブログを読んでいただいている方にお願いがあります。

お願いと言うのは、アルバイトと言うか、車持込で運転する短期バイトと言えば、わかりやすいでしょうか?

私が日本にいる間、数日間ミニバンか、バンをお持ちの方でたまたま時間がある方がいれば、車に私たちを乗せてあちこち行ってほしいと思っているんです。

私がレンタカー借りて、皆を載せて運転すればいいのですが、それだと疲れるし、酒も飲めないし、いろいろと都合が悪いんです。
もう右ハンドルに戻るのもちょっと怖いし。

1日8時間で、もちろん高速代、ガソリン代別、日給1万円を即払いで、3~4日間出来る方が要れば、ぜひ、コメントかメッセージください。(ご連絡いただいても、氏名など個人情報は一切公開しませんからご安心ください)

期間は5月19~22の予定です。(19日は夜だけ、4時間くらい。5000円 残りの、3日間は、1万円で、4日合計 35000円のお仕事です。)
エリアはほとんど都内ですが、ちょっと遠出するかもしれないです。富士山見に行くとか。

しんどいことは無いと思います。疲れたら運転変わってもいいくらいです。
特にフィリピン好きの方なら尚うれしいですね。一緒に珍道中しませんか?
フィリピンからお土産もお持ちします。

まだ、ちょっと先ですので、後日またお願いの記事を書くことがあると思います。
少しずらせばOKという方がいれば、日程ずらすのも考えますので、よろしくお願いいたします。
私がデブだし、合計運転手以外に6名いますので普通乗用車では無理なんです。

こんなの求人と言っても超短期の1名募集だし、広告出すほどじゃ全然無いでしょ。
なので、ここに書かせていただきました。


ラーメン店舗の契約まであと3日ほどです。
ここまでこぎつけるのに何ヶ月もかかりました。

急に家主さんの気が変わって契約を流されたこともありました。
気に入って申し込もうとしたら、最初から貸し物件ではなかったことすらありました。(笑)

あまりネガティブに考えては良くないと思うし、今回は大丈夫だと信じています。
何しろ、ただ黙って待つだけでは、後から来た客に物件を横取りされるかもしれませんから、手を打ちました。

まず、私が仕事しているキッチンまでお招きして、試食会しました。
ビルの図面ももらってきました。

とにかく、もうすぐ答えが出ます。
正しくは、答えはOKだとすでに聞いてますが、契約完了しないと安心できないんです。

予定では、5月、6月と工事をして、7月に開業できればという感じで、皆さんは言っています。
でも、私の中では、開業は最悪9月でも、10月でも、また何かあって、時間がかかってしまうかもしれないけど、モチベーション落とさないで行きたいと思います。

晴れのオープン日には感動して涙が出るでしょう。
ドタバタして感動どころではない開店日は今までたくさん経験しました。
今回は落ち着いて迎えたいと強く思います。


今日はマニラで大活躍の「ほけんの110番」のご担当であり、飲み仲間でもあるTさんに、いろいろとほけんの話を聞かせていただき、私たち夫婦だけでなく妻の両親も保険に加入してもらおうと言う考えになりました。

保険料の支払いはもちろん私ですが、フィリピンで大病にかかると、保険証など無く実費ですし、場合によっては医療費が高額になりますから大変なんです。

救急で担ぎ込んでも、現金見せてくれないと治療できない、といわれることも多々あります。
それを防ぐためにも保険加入してもらわないと怖いです。


毎月1000ペソくらい払って、緊急時に備えないと、当然私よりも高齢の義父母に何かあってからだと保険に加入も出来なくなります。

毎月の1000ペソを惜しんで、100万円払わされるのも嫌ですから、義父母のためというより、私のために保険を掛けさせてもらおうと思います。

ほけんの話をしてたときに、思い出したことがありました。
それが面白かったのでちょっと書きます。



実際の患者数など全く知りませんが、フィリピン人は白血病が多いのか?
という話です。

私が知ってるだけで、身近で3名が白血病でした。
偶然にもいろいろと共通項がありました。

共通しているのは

3名とも若いきれいな女性です。
骨髄移植など白血病の知識が全くありませんでした。

そして、幸運にもというか、謎めいていますが全員がすぐに完治していました。
私が親しかった子は、半年位して、再会したときに「ルケミア(白血病の英語みたい)大丈夫? 心配したよ」と言ったら

「え? 誰が? ナニソレ?」
と言っていました(爆)

自分が病気だったのを忘れていました
なぜでしょう??
原因がわかりませんね。(爆爆)

もうひとつ3名に共通しているのは、病院代が無いからお金を集めていたと言う部分です。
実は私もお見舞金を渡してしまいました(爆)

ホントに、やってくれるなあって当時は感心しましたが、嘘がヘタですから、バレバレですね。(だまされたやつが言うな 笑)


私が気がついたのは、その後2年位して、ある日携帯が鳴り、その子だったので出ると、「オネガイある・・・」
と言われ、「何、どうしたの?」と聞いたら

「妹が白血病でお金が無いの」と涙声で言われました(爆)

仕事中で忙しいからと言って電話を切って、後でかけ直して「一緒にドナー探そう。 まずドナー登録に行こう」と言うと、なぜか「忙しい」と言い出し、その後連絡がなくなりました。

さらに2年後くらいに、たまたま、東京の池袋で彼女と再会しましたが、「妹は元気?」とわざと、白血病と言う単語を出さずに聞いたら、「すごい元気よ」と言う返事でした(笑)

やっぱり完治したんですね(爆)

まあ、懐かしいと言うか、日本にいるときは変な理由で金を引っ張る悪知恵女がたくさんいましたね。
被害額は知れていますが、結構心痛かったですね。

大病だって言われたら、心配するし。
でも、本当に大病だったらもっと大変だし、嘘だったから今は笑えます。

病気は怖いです。
デブの私が言っても説得力は無いですが・・
















フィリピン身内ネタですが、誕生日パーティーについて、苦言を少し。

今日は、妻の叔父さんの誕生日でした。
叔父さんと言っても義父の年の離れた弟さんで、私と同じ年で、私が1月生まれなので年下の叔父さんになります。

性格は温厚で、面倒見も良く、冗談も言うし、デブでもなくいい男なんですが、独身です。
一度も結婚していません。

理由は、やっぱり勤めに行ってないからでしょう。
妻に理由を聞くと、手が痛いから働けないと教わりました。

大工仕事がうまくて、ネットカフェをやってた時も大工さんに混じって棚とか作ってくれたり、力仕事もいろいろ協力してくれて、非常に助かりました。(手が痛いはずなんですけど そこはまあ、置いといて 笑)

どうやって生活してるのか、心配なので聞くと、日本に住んでる姪っ子がいて、彼女が買ったフィリピンの自宅に住んでるんですね。

姪っ子は日本にいるので、せっかく買った家もいつも留守で、誰もいないと無用心だし、叔父さんに住んでもらって助かってるそうです。
お礼に生活費も工面してくれるそうです。

イイ仕事だなあ なかなかそんな仕事は無いですからね。

結婚するときに親族紹介で、妻がひとりひとり、私の兄弟たちに紹介してくれたんですが、名前と職業などを順番に日本語で言ってくれました。
妻のファミリーは彼女が何を言ってるのか、名前以外は、ほとんどわかりません。

その叔父さんの事はどうやって紹介するのかと、ドキドキ、わくわくしていましたが、妻も、なかなかうまいこと言いました。

「え~、次は叔父さんです、名前は○○です。独身です。  仕事は、エーット、アノネ・・」


(ちょっと考えて・・)



「留守番です」(爆爆爆)

これには、私もずっこけて、私の妹や兄もこらえきれずに、下向いてずっと笑っていました。
そんな職業は聞いたことがありませんが、事実ですからしょうがないですね(笑)

でも、数年前に、この叔父さん宅に行ったら留守で朝まで遊んで帰ってこなかったことがありました。
留守番してないやん(爆)




話を今日に戻しますが、誕生日だというので、朝から娘を貸してくれと、妻に連絡してきて、「スパゲティを作ってほしい」ということでした。

娘のスパゲティはフィリピン流ですが、大変評判がいいのです。
今朝、娘は張り切って早起きして手伝いに行きました。

私は朝からの仕事が終わって、4時頃に叔父さんの家に行きました。

驚いたことに、すごい来客です。
メニューも、スパゲティだけかと思ったら、たくさんあって、結構豪華です。

知らない人ばかりでしたが、近所でも評判がいいみたいで、次々と来客が来てはご馳走していました。
同級生だけで20人以上来ていましたが、私が大阪の地元で自分の誕生日会をやっても、20名の同級生など呼べません。

しかも平日の夕方早い時間なのでほとんどが女子の同級生でした。
絶対に真似できません。
すごいです。

家の中は大きな液晶TVもあり、姪っ子が2年に一度くらい、フィリピンに帰ってきたときにくつろぐ家なので何でもそろっています。
手で洗濯するのが珍しくないここで、全自動のドラム式洗濯機を使っていました。

苦言というか、私が思うのは、本人には言えないけど、ニートのような生活で、姪っ子の仕送りで暮らしている、46歳の男が自分のために、豪華な誕生日パーティーをするのが、やっぱり、理解に苦しみますね。

姪っ子がお金持ちならともかく、夫婦で静岡の工場で働いてるんですが、不景気で結構大変なんです。

もちろん、同級生たちもみんな、手ぶらで来ていますから、祝儀などありません。
妻はケーキを買って行きましたけど。


日本とは違う、いろんな風習や、習慣を否定する気は無いけど、これになんとも思わないのがフィリピン人のすごいところでしょうか?

きっとそこにいる中で、ちょっとおかしいよ、と思ってるのは私だけのような気がします。
帰りの車中で妻に少し話したら、全く伝わりませんでした(笑)

妻「1年に1度くらい、いいじゃない。他人のことにクチ出さないで」

そりゃそうだ。
大きなお世話ですね。
宴は夜中まで続くので、お先に失礼してきました。




今日の記事とは何も関連無いのですが、ハードロック一辺倒になってた、中学生の私が感動して、30年以上たった今でも聴いてしまう、名曲、ダイアー・ストレイツ  悲しきサルタンです。

フィンガーピッキングで、見事に歌いながら弾いてくれます。
一生大好きな曲の1つです。
デビュー当時のフィエスタ・レッドという赤いストラトがトレードマークでした。

ジェフ・ベックか、マーク・ノップラーかというほどの、ピックを使わないギターがしびれます。
やっぱり、カッコいい










ギターアンプなどで有名なマーシャルアンプの生みの親、ジム・マーシャルさんが亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。

故人につきましては、全く知識も思いいれも実は何にも持っていませんが、マーシャル・アンプといえば、私たちの世代では、バンドマン、特にギタリストでは誰もが一度は使ってみたい、夢のギターアンプでした。

あの頃、あこがれたマーシャルアンプについて古い思い出を書いてみたいと思います。

小さい頃から、年上の兄や従兄弟に洋楽を聞かされて、小学校に入る頃にはS&Gや、ミッシェルポレナレフあたりを口ずさむようになってた私は、いつしか、大阪市淡路駅前スーパーアカシヤに当時あったレコード屋さんが遊び場になって、店員さんにとてもかわいがってもらいました。

低学年の頃、兄貴が買ってきたLPレコードの数々は名盤ばかりでした。
でも意味が全くわからない横文字ばかりでした。

日本のGSや和製ロックには全く興味が無く、洋楽中心に、同時に日本の歌謡曲や演歌も聞いて育ちました。

LedZeppelinで、ハードロックという言葉を知り、ギターに興味を持ちました。
近所に当時、珍しかったヴィンテージギター専門店が出来たので、ギターも弾けないのに、小学生の私はしょっちゅうそこに出入りして、店員の兄ちゃんが自慢げに弾いてくれる有名な曲に、シビれて鳥肌立てていました。

今では、もう数千万円する、1958年製のギブソン・レスポールもありました。
当時80万円で売っていたんですが、母に「一生のお願いがあるねん」って言って買って欲しいとお願いしたところ、まじめにすら聞いてくれずに悲しかったことを覚えています。

少しマニアックに書くと、チェリーサンバーストが退色してレモンドロップといわれる状態になった、こんな感じでした。
表面には、フレイムメイプルという、いわゆる「トラ目」といわれる縞模様が入った美しいギターなのでした。
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その店はいつも、ヒマで、客は見ることしか出来ない貧乏人ばかりで、ギターが売れたのは見たこともありませんでした。

レスポールの芸術的かっこよさにあこがれて、そればかり見ている私に楽器屋の兄ちゃんは、「このストラトっていうギターもいい音するんやで、弾いたろか?」
といって、1954年製フェンダー ストラトキャスターを古いフェンダー ツインリバーブというアンプにつないでデモ演奏してくれました。

そのオンボロに見えたギターから流れる美しい音色は、チキン肌どころか、もう失禁しそうなくらい、とにかくかっこよくて、ビビリましたね。

こんなギターです。

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しかし、いつも思うのですが、電化製品がこんなにも進化した今でも、エレキギターなどの弦楽器は50年以上前の作られた製品を上回るどころか、いまだにそれらのコピーモデルが圧倒的人気を占めています。

いくつかの新しい型のギターも作られてはいますが、ギタリストのほとんどが一度はフェンダーストラトキャスター、ギブソンレスポールどちらかを手に取るでしょう。
車や携帯、パソコンなどでは考えられない世界ですね

最新機種よりも、50年以上前のモデルが色も型も音色さえも優れているなんて。

そんな少年時代の私がその次に知ったのが、マーシャルアンプでした。

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当時大人気のハードロックのギタリストは、ほとんどが、マーシャルアンプだったのです。
何がすごいのかもわからず、でも、みんな使ってるからすごいんだと思っていました。

14歳のとき、レインボーというバンドが来日して、はじめて外タレコンサートに行きました。
ギターのリッチー・ブラックモアは元ディープパープルのギタリストで私の世代のギタリストが、こぞってコピーした有名なギタリストです。

とにかく、LPレコードと写真だけで、動いているところを見る機会がほとんど無かった頃でしたので、ステージを見たらもう、失禁どころではない、もう人生が変わるくらいの衝撃を受けました。

マーシャル・アンプ名物の3段積みの壁を初めて見ました。
ド迫力でした。(結構ハッタリで、全部使ってないというのは後に知りました)

その巨大アンプの壁の前に立ち、大音量でギターを弾くリッチーは神のようでした。
こんなに大きな音を聞いたのは初めてで、帰りの電車で友達と話しても聞こえにくくて、大声になっていました。


この話は、終わりそうも無いので、この辺にしておきますが、その後、大阪吹田市にある、STUDIO YOUという貸しスタジオが私たちのたまり場で、練習場所でしたが、そこは当時考えられないくらいの良い機材を惜しげもなく置いてあって、マーシャルアンプがいつも標準装備でした。

私は、ドラマーでしたが、いつもギターアンプのスピーカーに耳をつけ、ボリュームもすべてのノブをフルアップで(これ、基本です)大音量でギターを聴いたりしました。

あまりにもうるさいので、耳が壊れそうになるし、当時は難聴になり、困っていました。
難聴が誇りでもあった当時の狂った私でした。

その後たくさんのギタリストがいろんなアンプを使ってる姿を見て、マーシャル信仰は今ではありませんが、それでも、やっぱり、LIVEを見に行くときに、ステージ脇に積んであるアンプは、マーシャルが一番似合うと思います。

満員の観客の前で大音量でギターを弾くかっこよさは私の中では最高のパフォーマンスです。
なんとカッコいいんだろう

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そんなカッコいいギタリストとヴォーカルの後ろでドラムを叩くのは何にも変えがたい至福の時なんです。
ああ、おっさんバンドやりたいなあ。

ちなみに、今では小さいマーシャルアンプもあるし、何しろ、ギブソンも、フェンダーギターも、マーシャルも、マーチンですら安価になりました。

今の子供は最初から、弾けなくても、フェンダーギターにマーシャルアンプで始めるんでしょうか?
何か、ありがたみ無いですね。


では懐かしいところで、Deep Purple の Burnです。
大音量のギターに負けないベースとドラム(難しくてうまく叩けなかったですね)
ベーシスト、グレン・ヒューズの超高音コーラスもすごいし、若いデビット・カヴァーデルもいい感じ。

リッチー・ブラックモアがマーシャルアンプで最初からハウリング起こすほど(もちろん、わざと)の大音量です。










今日はホーリー サーズデー で皆さん連休突入してます。
妻にも2日間は肉を食べないでといわれ、困っております。

風邪が少し治ってきたので、マラテまで車を運転して新装開店 大虎さんに行ってきました。

きれいで広い店内に、お客さんも結構入っていて、マスターも忙しそうでした。
終わりのない勝負みたいな飲食業なので、長時間勤務になりますが、無理せず休みながら続けていってほしいですね。

今後もたまに一人でゆっくりしたい時にお邪魔します

今日は妻と同伴で、ラーメン含む、肉系のメニューを頼めずに残念でしたが、次回は一人で行くと決めたので、好きなメニュー食べて、最後はラーメンで締めたいと思います。

マスター以外はフィリピン人スタッフでやってましたが、まだなれない新人さんもいるので、大変そうでした

私も近いうちに味わうであろう、この状況に、冷や汗タラーって感じですね。


何度目かの正直で、今度こそ契約できると思いますが、4月16日までまだまだ予断を許しません。
何があるかわかりませんが、きっと大丈夫と信じて準備しています。

場所は簡単に説明しますと、フォートボニファシオ ハイストリートの延長されたエリアから、徒歩1分です

結構広い店内になると思いますので、80席くらい作りたいと考えています。
最初はそんなにお客さん来ないかも知れませんが、私はそのほうがいいと思っています。
スタッフが慣れてないと、厳しいお客さん(特に日本人)が満足いく対応が出来ないことがあります。

なので、開店時に大量にチラシ撒いたりするやり方の店は信じられません。
長時間並んで待たされた挙句に、ぬるかったり、伸びてたり、変なもの出された日にゃ、大量の二度と来ないお客さんになってしまうことを理解できないのでしょうか?

昔と違い、今は口コミでも早いので開店時はそーっと、こそこそはじめて、店員の慣れと比例して徐々に増えてくれば理想的なんです。
店員慣れてもお客さんが増えなきゃ、そのときに広告するとか考えればいいと思っています。

出来るだけ、手作りで、安心できるメニューでやりたいです。
なんだかんだ、まだまだ時間かかりますが、モチベーションは高い位置でキープしていきます。

タバチン作 つけ麺 見本
特徴 自家製太麺は、モチモチ感を重視して量も多めにしました。、濃厚な豚鶏スープに魚介スープを合わせたWスープにしました。 チャーシューは少し炭火であぶって、自家製メンマやほうれんそう、半熟味玉などをトッピングにしてみました。
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ああ、肉食いたいなああ・・・
餃子も駄目なんかなあ・・

明日も我慢です。