中西輝政・高森明勑共著「古事記は日本を強くする ~神話がわかれば日本人がわかる」より、印象に残ったところの紹介②
敗戦以降、日本人が神話から離れていた時代の日本は、本当のところ実に不幸であった。
経済の高度成長はしていても、人と人とをむすぶ絆はどんどん希薄になって、共に喜び励まし合い、共感し合っていく幸福感は決して得られなかった。
そうした幸福感や充実感があってこそ、日常生活でも企業活動でも、さらに国家的な活動においても、
日本人同士の連帯の支え合いの中で、伸び伸びとした想像力と生き生きした創造力が働くのである。
こうした我々の願いは、戦後忘れられていた神話、特に古事記を中心にした「日本神話」の見直しによって、必ずや叶えられるであろう。
もう、「さまよえる日本人」「弱々しく他国の顔色ばかりうかがっている日本」とは決別すべきなのだ。
そして誇り高き、強い日本、心身ともに強靱な日本への道を踏み出す時なのである。
100年前、明治末期から大正初年の日本人は、神話や古代史を国民必須の常識として学び、日本人とは何かというアイデンティティーを、はっきりとした形で全国民が持っていた。
さらに100年前の江戸時代、文化文政の時代の日本人は、誰もが「一生に一度はお伊勢参りをしたい」という願いを持っていた。
伊勢の神宮とは、天照大御神が祭られた内宮、豊受大御神をお祭りする外宮がよく知られている。
また幕末には全国で一万数千軒もあったという寺子屋では、どこへ行っても「古事記」「日本書紀」あるいは「万葉集」などを手習いで覚え、
農村ではお寺の坊さんから神話の話を聞いて、字の読めない人でも知識として蓄えていた。
日本では昔から、お寺で神話を学ぶことなど何の不思議でもなかったのである。
神話の世界はごく日常的な風景の一部であった。