阿佐ヶ谷団地に思うこと
毎週金曜日は、千葉県野田市にある東京理科大の建築学科で3年生の設計課題を教えている。
今回の課題は、「阿佐ヶ谷団地の再生」だ。阿佐ヶ谷団地 は、1958年に住宅公団によって建てられた大規模団地だが、今は老朽化が進み、再開発の話が具体的に進んで、6階建ての集合住宅に建て替えられようとしている。
そんな阿佐ヶ谷団地の調査をしてみた。本当に老朽化が激しく建替えもやむなし、というところだが、この時代特有の広い空地や植栽、児童公園など、公共のスペースを豊かに持っていて、今でも子供達が集まって遊んでいる風景になつかしい記憶がよみがえった。
自分も子供時代、こんな団地で育った一人だ。団地のまわりはクローバー畑や樹木が豊かで、木登りをしたり虫取りをしたり、あるときは階段を高くから飛び降りる競争がはやって、コンクリートの角で床で頭を打って後頭部がぱっこり割れた、というワイルドな記憶もよみがえる。野放しで、がさごそと怪しげな遊びを考えて近所の子たちと遊んでいたが、隣の家も下の家も、バリアフリーで、あがりこんではよく一緒におやつをご馳走になった。子供の頃の、自分が属する世界が家の外側にも広がっている安心感は、ほんのりと幸せな記憶だ。そういうのがコミュニティーの意識というものか。
ものが乏しい時代は、お互いに物を分け合うのも、助け合うのもごく自然におこる意識で、ごく自然にコミュニティーが熟成されるのかもしれない。
何でも買えるし持っている、今の豊かな社会でコミュニティーをつくることは可能なのか?
豊かな時代の今の学生達が、「どうやったらコミュニティーをつくれるのか」について、必死に思索を巡らせる姿を見るのは楽しい。
建築は、単にかっこいい器をつくればよい、という時代ではない。人と人がつながるきっかけをつくる建築、すれちがいざまに挨拶をしたくなる建築、というのは、建築の仕掛けで可能なのか?
人に影響を与える建築をつくることの難しさと楽しさに格闘しよう!みんながんばれ~!!
理科大建築学科3年
中川さんと常田君、津川君の作品
現場ワンダーランド
昨日は、先週上棟した「千駄木の家」 の現場に、建て主のKさんご一家が来てくださいました。小学生のお子さんのS君も一緒です。
大工さんや職人さんが、暑さいなか熱心に働いている様子を、お客さんが見に来てもらうことは、とてもよいことだと思います。
でも、職人さんにとってらくらくと上れる足場でも、お客様にとってはちょっとした冒険です。「え?こんなところを上るのですか?」というようなラフな足場にびっくり。
長年、自分も現場をやってきたのである程度の危険な足場には慣れていますが、今回はさすがに降参しました。
見下ろしたところ
読書好きで物静かなS君。こんなふらふらしたハシゴを上るのは初めてだったみたいです。 家族みんなの声援のなか「ひょえー、怖い!」
ロッククライミングをやっているような盛り上がりでした。皆さん、どうもご苦労様でした。
今度はもう少し上りやすい足場をお願いしておこうと思います。















