ブルースのひとり言 ブログ -51ページ目

寅さんはダメ男か?(その5)

それでは、寅さん映画のメインのドラマはどうなっていったのか。


ようやく今回が最終回です。


第42作ぼくの伯父さん以降も、寅さんのいつものパターンは続きます。

寅さんの出番が少なくなった分、観客には寅さんの印象が少し薄れます。



ただ、おいの満男に対して、人生の教訓的なものを説教したりします。
その話には重みがあります。

もちろん恋の話は満男には参考にはなりませんが。


作品が進むうちに、渥美清の身体は病にむしばまれていきます。

肝臓がんにかかっていたのです。

最終作の前作、拝啓車寅次郎様の時には、
肝臓がんが肺まで転移しており、ドクターストップが出てるにもかかわらず、無理を承知で出演したそうです。



そして最終作1995年製作の寅次郎紅の花。

渥美の病状はさらに悪化しています。

山田監督は、これで最後になるかもしれないということで、マドンナにリリー役の浅丘ルリ子を選びました。


リリーはこれまでにも3回出演しており、二人の関係も大変よいのですが、最後はいつもけんか別れします。

リリーはキャバレーのどさ回りの歌手ですので、寅さんと同じような境遇です。

寅さんが持つ信条に反することなく、気を許し合える相手なのです。


この作品では、まず奄美で寅さんとリリーは夫婦同然のような生活を送っています。

寅さんはリリーを連れて東京へ帰郷。
最初はいい雰囲気でしたが、またもやけんか。

そのまま別れることになると思いきや、さすがに今回は一緒に奄美に帰っていくのです。



その後はどうなるか。

残念ながら寅さんの物語はこれで終わります。

最終作が製作された翌年の96年渥美清 
永眠。享年68歳でした。


最終作が製作された95年は阪神淡路大震災が起きた年です。
この作品にも復興の様子がでてきます。

今まであった普通の生活が突然崩れてしまうことをみんなが実感しました。


寅さん映画の終わりもそうしたことの象徴の一つだったのかもしれません。




渥美清が亡くなってから20年が経ちます。

寅屋の食卓を囲んだ人をはじめ多くの出演者が亡くなりました。

その中で山田洋次監督は今も健在です。
現在85歳ですが、この前、大阪の豊中市の名誉市民になられたとニュースで見ました。

大阪人としては、大変誇りに思います、

山田監督は、市井(しせい)の人、時代劇では普通の武士が困難に陥ったり、弱い立場におかれたとき、彼らのひたむきさや真摯な姿をやさしい視点で描きます。

日本映画の良質な部分を持った監督だと思います。

今回の名誉市民の栄誉に対して、さらに映画を作ろうと意欲を示されました。
 

期待します!







さて、寅さんの映画はもう作られません。

が、寅さんがどこかのローカル線の駅か、田舎のバス停のベンチにすわって、
「やっぱりこないなぁ。それじゃ歩こうか」と言って、いつものカバンを持って歩き出す姿が浮かびます。

寅さんは、私達の心の風景の一つとなったのです。





思った以上に長くなりました。

最後までお読みいただきありがとうございますラブ


おわりOK

寅さんはダメ男か?(その4)

「男はつらいよ」を観ることが国民的な年間行事になりましたが、ほころびが生じます。

そのことについて、今回書きます。

今回もこちらを参考にしてください。

映画シリーズ一覧↓
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E3%81%AF%E3%81%A4%E3%82%89%E3%81%84%E3%82%88#.E6.98.A0.E7.94.BB.E3.82.B7.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.82.BA.E4.B8.80.E8.A6.A7


さて、ほころびのわけは渥美清の年齢と健康状態です。

第40作寅次郎心の旅路が製作された頃に、渥美清は60歳を迎えます。

体力も落ちてきたようて、スタッフはそれを気遣って渥美清の負担を少なくする方法を考えます。

出番を少なくするため、もう一つ別のドラマを展開することです。


こうした意図の下に作られたのが、
第42作ぼくの伯父さんです。

この後、映画は1年2回のベースで作られたものが1回となりました。これも負担を少なくする手立てです。



さて、この作品から展開するもう一つのドラマは、さくらの息子、つまり寅さんの甥の吉岡秀隆演じる満男と、後藤久美子演じる泉との恋愛の物語です。

このドラマは最終作まで続きます。


満男はなかなかのダメ男ぶりを発揮します。

浪人したり、せっかく入った大学ではろくに勉強しません(まあ、みんなそうですけど)。
就活でもなかなかうまくいかず、就職してもすぐ辞めたがったりします。


泉との関係では、さらに際立ちます。

転居した泉に会いに、突然オートバイで名古屋に行ったりしますが、二人の関係はうまく進展しません。

さらに、泉から見合いの話で相談されても、自分の思いを伝えられず只々うじうじしています。

果ては寅さん映画最後の作品で、泉の結婚式の日に、あの映画「卒業」のように妨害しにいきます。

結局うまくいかず、失意のもと逃げるように奄美にいきます。そこで偶然寅さんとリリー(浅丘ルリ子)に出会います。

ところが、泉の結婚は白紙に戻り、泉も満男を追いかけて奄美にいきます。

そこで二人は再会し、ようやく満男が泉に真意を伝え、二人の距離は縮まるのです。


ここまでくるのに何と6年、トリュフォーのダメ男に負けないダメ男ぶりです。

でも、私はこんなダメ男が好きです。若い男の恋愛は、大概こんなものです。計算づくの男には好感が持てません。


観客はどう反応したのか、寅さんを観に来たのに、違うドラマの展開に少し違和感を感じたのではないでしょうか。

寅さんの看板をはずして、完全にスピンオフしたドラマを作っていたら、いいダメ男の映画ができたと思います。

例えば「伯父さん、僕もつらいよ」みたいのを。
まあ、無理な話ですが。


ところでメインのドラマ、寅さんはどうなったのか。


それについては次回で。今回はこれまで。


つづくパー


寅さんはダメ男か?(その3)

寅さんはなぜイイ男になっていったのか。
話を続けます。

シリーズは続き、作品は次々作られていきます。

その間に、寅さんを演じる渥美清は年齢を重ね、40代後半、そして50代となっていきます。

それを反映するかのように、寅さんは自覚するのです。

一時はマドンナに惚れこんでも、結局彼女を幸せにすることができないことを。

つまり、この歳で今の生活スタイルや職業を変えられないことをよく知っているのです。


そこで映画の中で、寅さんは自制した行動をとるようになります。

ある作品ではマドンナに一夜を迫られても、指一本触れません。
また、一緒になろうとマドンナにせまられた時は、敵前逃亡さえします。

このへんのことで、寅さんは純情だ、いや奥手だと言われますが、私はたぶん江戸っ子として一度決めたことに筋を通しているだけだと思います。

さらに、ある作品では、あろうことにマドンナの恋敵に恋の指南までして、敵に塩を送ります。

まるでカサブランカ
ハンフリー・ボガードみたいです。




ここにいたっては、あまりにイイ男すぎます。


さて、観客はどう反応したのでしょうか。

盆、正月に日常生活を離れて映画館に入り、寅さんの世界に浸ります。

映画のパターン、まず寅さんがいつもおかしなかたちで寅屋に帰ってきて、笑いが起きます。

次に、いわゆる寅のアリア(寅屋の食卓で、寅さんが家族に旅の思い出を朗々と語ります。)や、テキ屋の口上を聴いて楽しい気持ちになります。


そして、マドンナとのやりとりに気をもみ、ひともんちゃくがあって最後は失恋ということに切なくなります。

特に柴又駅からさくらに送られて電車で出ていく寅さんを観て、そのような思いが強くなります。




みんな寅さんの幸せを願いますが、心の奥底では、再び寅さんに会うためにはこの結末に納得しています。
 

本当に幸せを祈っていたのは、さくらとその家族、おいちゃん、おばちゃんぐらいだったのかもしれません




観客は映画を観終え、泣き笑いした気持ちを抱きながら映画館を離れます。

そして休みが終わって、みんなはまた日常に戻ります。


寅さん映画は、まさしく日本人のハレ(非日常)とケ(日常)という生活スタイルに溶け込んだのです。


寅さん映画を観ることが、年中行事の一つとなったのです。


年中行事がずっと続くものとみんな思ってました。しかし、不安な要素が生じます。


そのへんのことは次回で。今回はこれまで。


つづくパー