ブルースのひとり言 ブログ -50ページ目

日本のフォークの原点★つづき

日本のフォークのことを書いていて、YouTubeをみていると、色んなフォークシンガーを思いだしました。

そこで、中学生から高校生のときに好きだったシンガーを紹介します。

気ままに書きますので、脈絡はありません。

まずは、フォークの神様 
    岡林信康



カリスマ性があって、特別な存在でした。

山谷ブルース
https://youtu.be/gx9PiBYRQ2M
デビュー作
いいおっちゃんになってます。

友よ
https://youtu.be/e5z6bsrKEMc
動画のイメージ違いますが、歌としては一番記憶に近いので。

追加 忘れていました。
私たちの望むものは
https://youtu.be/bO7GNzRz2vE

次に、グループで

まずは、赤い鳥

翼をください
https://youtu.be/gSRqj9H1J-s
山本潤子のボーカルが魅力的でした。

グループは解散して、ハイファイセットと紙風船、別々のグループへ。



そして、五つの赤い風船

遠い世界に
https://youtu.be/-nWm9t6WbjA
リーダーの西岡たかしのラジオの深夜番組ずっと聴いていました。


女性シンガーといえば、

やっぱり五輪真弓
少女
https://youtu.be/YTeIjiwDy7E
ハスキーな声が特徴的でした。



そして何といっても、フォークのスター
吉田拓郎

友達から借りた彼の最初のアルバム
青春の詩
でやられました。


その後、ヒット曲量産。
好きな曲が一杯あるけど今日はこのへんで。

旅の宿
https://youtu.be/i0IvbEXMRsY
夏休み
https://youtu.be/IUJgXnDEhBk

今から思えば、髪長かったですね❗
今は、結婚しようよとは言えませんでしょうね⁉

この当時のものではないですが、気に入っている動画。拓郎らしい歌い方です。
ファイト
https://youtu.be/kGl9M0_CCqI



少し変わったところでは、

西岡恭蔵 プカプカ
https://youtu.be/JXWJRXKUh-Y
なかなかエロっぽい歌です。


この時代ラジオばっかり聴いていたような気がします。

そんな番組のひとつに、たぶんヤマハ提供の番組があって、中島みゆき、井上陽水が紹介されていました。

彼らも好きになりました。


他にも好きなシンガーはいますが、その後の日本のフォークはだんだんあまりにも内省的な方向にいくようで、興味が薄れました。

そこで、興味の対象は洋楽、特にロックに移っていきました。


だらだらと思いつくまま書きました。
おつきあいありがとうございます。


それではパー







悲しい知らせ ミスターラグビー

ボブ・ディランのノーベル賞受賞
という朗報の後に

2つの悲報
アンジェ・ワイダ

平尾誠二

の訃報。


アンジェ・ワイダ監督については、いつか書きます。


今回は平尾誠二さんについて書きます。


享年53歳。
あまりにも若すぎる死。
自分より若い人がなくなるのは寂しいですね。


では、若き日の戦歴を。

伏見工  初の高校日本一

同志社大 大学選手権3連覇

この当時の正月二日が楽しみだった。

選手権の準決勝が行われていて、関東の強豪校を破ってくれた。

そして決勝でも。


神戸製鋼 日本選手権7連覇

社会人選手権ではきわどいゲームも。

7連覇した二日後に阪神淡路大震災。
まだ、記憶に残っています。


平尾さんが大学や社会人の時が、関西でラグビーが一番盛り上がった時です。


全日本代表でも選手、監督として活躍された。
  
昨年の日本のワールドカップでの活躍の礎を作ってくれた人です。




今でも背番号12の華麗なステップを思いだします。


平尾は言った。

ラグビーボールはどちらへ転ぶかわからない。

だから自由だ❗

私もこれからはラグビーボールみたいに生きたいな。


ミスターラグビー ラグビー

天のフィールドでも華麗なステップで

トライを目指せ❗




平尾誠二さん
心よりご冥福を祈ります。



前の投稿より少し追記して、再びアップしました。



日本のフォークの原点★フォークル

今日は文化の日で休みです。

ハロウィンの騒動がようやく終わりましたね。

と思うと、大阪駅では昨日からクリスマスのイルミネーションが始まったようです。
バレンタインまで続くということです。

季節が進むのが早いですね❗



さて本題ですが、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞することになりました。

受賞するか、拒否するか色々ニュースになりましたが、結局受諾の意思をノーベル財団に伝えたそうです。

ライクアローリングストーンしましたが、これで一安心です爆笑



ボブ・ディランについては、いつかまた書きます。


ボブ・ディランのことを考えていて、ではいつからフォークが日本に根付いたかを考えてみました。


「バラが咲いた」のマイク真木。

うーん⁉カレッジフォークといわれましたが少しイメージが違います。


「この広い野原いっぱい」の森山良子。

確かに、日本のジョン・バエズといわれていて確かに新鮮でした。
でも、しっくりきません。


関西人から考えると、やっぱり
ザ・フォーク・クルセダーズ 
略してフォークルです。




画像は1967年頃、左からはしだのりひこ、北山修、加藤和彦です。

これまでにメンバーは変遷しています。


曲は何といっても、
「帰って来たヨッパライ」


早回しで録った曲で、歌詞にはこんなフレーズ


天国よいとこ 一度はおいでよ❗

酒はうまいし ねぇーちゃんはきれい❗

ふわぁ~❗ ふわぁ~❗


流行った当時、私は小学生でしたが、学校の行き帰りにみんなで歌った記憶があります。

今から考えると、子どもにはませた歌ですし、不謹慎かもしれません。
でも、大人も喜んでいました。
そんな時代、土地柄です。

当時は、今までにない斬新さを感じました。

もしかして、この影響で酒飲みになったかもしれません照れ


この曲のレコードは何と280万枚売れたそうです。


この曲を知らない若い人達にオリジナルを聞かせたいと思ってYouTubeで調べましたが見つかりません。

でも、この曲をつくった経緯と、曲の一部が流れるものがあったのを見つけました。



フォークグループらしい曲も素敵です。

「あの素晴らしい愛をもう一度」


「悲しくてやりきれない」



どちらもはしだのりひこに代わって坂崎幸之助が加わって、一時的にグループを再結成した時の映像です。


フォーククルセダーズはすごい人気を博しましたが、一年で解散しました。

北山修が医者になるためです。

その後、彼は精神科医になり、大学の先生もしました。

その合間にラジオのパーソナリティーやエッセイの執筆、時々音楽活動もしています。

知性とユーモアを持った人だと思います。
 

加藤和彦はその後音楽活動にまい進します。

ミカバンドをつくったり、才能あふれた人らしい様々な活動をしました。

しかし、2009年自殺しました。
本当に悲しくてやりきれない出来事です。


はしだのりひこは、その後新たなグループをつくって、
シューベルツ(杉田二郎もメバー)で「風」


クライマックスで「花嫁」


などヒット曲をつくりました。

その後、妻の看病に専念して一時引退。

今どうしているかは知りません。


彼らを含め関西フォークは全国区になり、日本のフォークを広めるきっかけになりました。

ですから、私にとってはフォークルが日本のフォークの原点だと考えています。



spotifvで作ったプレイリスト