オリジナル小説 【俺もお前も、ストレンジャー】(第22回) | 《遠い昔、深夜放送が好きだった人たちへ贈る小説》間々田陽紀の世界

《遠い昔、深夜放送が好きだった人たちへ贈る小説》間々田陽紀の世界

■好きな音楽、好きな映画、好きなサッカー、好きなモータースポーツなどをちりばめながら、気ままに小説(245作品)・作詞(506作品)を創作しています。ブログも創作も《Evergreen》な風景を描ければと思っています。

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『僕はこれからも楽曲作りを続けていくレベルにあると思いますか?』
『俺の評価など、どうでもいいだろう。でも少なくともさっき浩一が演奏してくれた楽曲は、すべて気に入ったけどね』
早川の反応を再確認した浩一は、大きく深呼吸を一つしてからゆっくりと話し始めた。

『僕、音楽大学を退学しようかと思っています』
あまりにも突然の話しだった。ようやく自分の居場所を手に入れたはずの浩一が、もうその居場所から離れようとしている。
『お前は、忙しい奴だ!』
短い言葉で早川は浩一に反応した。

『僕はようやく気が付いたような気がするのです。僕が本当に進んで行きたいと思っている道が、はっきり見えたように思います。決してその道は今の大学生活の延長線上には現れてこないように思えてなりません』
『浩一は、曲も詩もオリジナルに拘って、創り上げたいと思っている。そう言う事か?』
早川は先回りして浩一に問い掛けた。

『そう言う事です。それだけじゃありません。今度は正真正銘の家出をしたいと思います』
浩一が話す内容は、ことごとく早川を驚かすのに十分だった。
『せっかく高認をパスして希望していた音楽大学にも合格したのに、その大学を辞めると言い出した。おまけに今度は正真正銘の家出をしたいとまで言い出した。正直後先のことをそれほど拘らない俺でも、この話には驚かされるね』

『そこで本当に申し訳ないのですが、早川さんにお願いがあります!』
話の流れからすると浩一の頼みごとが尋常のものではないことが予測できた早川は、思わず身構えた。
『俺を驚かすことばかり出て来ているが、こっちもそれなりに覚悟が出来つつあるから思い切ってその頼みごとも言ってみろ!』
又しても呼吸を整えてから、浩一がゆっくりと願い事を話し始めた。

『この家に下宿させて下さい!』
一瞬浩一が口にしたことをそのまま受け入れることが出来なかった早川は、不意に言葉を見失っていた。
『勿論、下宿代は払いますから、この家にいやこのピアノと古いレコードがあるこの部屋に間借りさせて下さい。ここが今の僕の全ての出発点であったので、この部屋でこれからも何処まで行けるか分かりませんが先へ先へと進んで行きたいと思っています』

正直ここまで想定外の話が飛び出して来ると、即答することができないままでいた。今までの早川らしくなく戸惑っている様子を感じた浩一が、言葉を付け加えて来た。
『勿論、今すぐにお返事を頂けなくても構いません。お返事を待っています』

滅多に他人からどう思われるだろうかなど考えた事の無い早川だったが、今回だけは幸三の顔が浮かんで来て仕方なかった。折角進学した音楽大学を退学するだけでも驚きだろうがその上、家を出て早川の家に下宿するなんて幸三は一体どう受け止めるのだろうか。

最終的に家を出て早川の家に下宿すると言う事は、どう考えてみても早川自身が浩一に全く関わらなかったことなど成り立たない話だろう。いやひょっとすると早川の存在が浩一に悪影響を与えたくらいに、受け止めるかも知れない。

そもそも幸三は音楽大学への進学に反対していたので、あの時もせっかく高認を受験すると浩一が言い出したのに受験する大学が幸三の希望する学部では無く音楽大学だったことに早川の存在があったのではないかとあの時幸三は思っていたかもしれなかった。

そして今回の動きが重なれば、間違いなく浩一に幸三にとって悪影響を与えたのは早川と言う事になる。そこまで話が整理できたところで、ようやく早川は決心がついた。申し訳ないが今更幸三にどう思われようが、早川の知った事ではない。

浩一はもう立派な大人だ。その大人の浩一が自ら考えて選択した道だ。歩みたければ歩けばいい。少なくとも早川の側にそれを止めるだけの理由など何処にもなった。