真・遠野物語2 -17ページ目

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

吹雪の中、俺は遠野駅に送っていただき、くら乃屋の御主人と別れた。次に会うのは何時になるだろうか。

 

 

街も今日は大雪に見舞われており、ただその場所にいるだけで睫毛に雪が張り付き、見る見る視界が奪われてしまう。

 

 

こうなると汽車がまともに走れるのかが心配だったが、其処は東北の路線、全く問題なく走っているようだった。

 

 

 

駅員が雪掻きを行っているが、掻いた側からまた積もる。あまり捗っていないようだ……。

此処から大工町の踏切すらよく見えなくなっている。

 

 

やがて、定刻よりも数分早く花巻行きの汽車が入って来た。

 

 

この時間に釜石行きの汽車と遠野駅ですれ違うためで、数分の停車時間がある。その間に跨線橋からホームの様子を眺めて見ることにする。

 

 

出発を待つ汽車の姿ははっきりと見られるが、その先の街並み、高清水、六角牛といった遠野を象徴する山々は全く見えない。

 

 

これから吹雪の中へ、汽車が走り出して行く。

 

 

今日は途中で寄り道をする計画だが、今日中に家に帰らなければならないため、仙台から新幹線に乗ることにしている。

 

 

南へ抜ければ天候も幾分か回復するだろうから、何とか宮城県に入るまで無事に進んで欲しい。

 

何時もより少し遅く起きた朝。

くら乃屋さんの朝ごはんは、アジの開きをメインに手作りの小鉢料理が幾つも並ぶ。旅先でいただくとても暖かい朝ごはんだ。

 

 

 

静かに炎が上がる薪ストーブの前では、今日も看板猫のテテが寛いでいる。

テテとはそれなりに長い付き合い(?)で、2018年に亡くなったときには何だかぽっかりと心に穴が開いてしまった気がしたものだ。

この当時は未だ極めて元気で、ふっくらと餅みたいに丸くなった姿が可愛い。

 

 

 

 

 

ストーブの前からは動きたくないが客の相手はちゃんとしますよ、というような表情がまるで人間のようである。

 

 

チェックアウトの時間になり、荷物を纏めて宿泊代を支払う。

今日は遅めの汽車で出発するため、少し時間がある。御主人も比較的余裕がありそうだったので、お願いして荒神様を拝みに連れて行っていただいた。

 

この日の遠野は朝から吹雪に見舞われ、数メートル先の視界も不透明な程だ。

真っ白な世界に荒神様の森と御社が浮かび上がる光景は、厳冬期の遠野らしい、人の生活のすぐ側にありながら人が手を触れてはいけないような光景である。

 

 

 

 

 

動くものは我々と雪以外に無く、風の音以外に聞こえる声も無い。

こちらが暗い扉をじっと見詰めているとき、暗い扉の中からも何かがこちらをじっと窺っているかのようだ。

 

 

 

 

 

冬の荒神様には何度か会いに行ったが、これ程の吹雪の中で拝むのは初めてだ。春を待つ人々の祈りが、ひとつひとつ雪になって降り注ぐ。東北の最も寒い時期の姿である。

 

街を出ると周囲は闇に包まれ、月明かりだけを頼りに夜道を歩く。遠くに見える橋の明かり、大きな道沿いに見える建物の明かりが遠い世界のように見える。

 

 

 

バイパスから松崎の農道に差し掛かり、月が空に昇り始めた。今日の月は大きく、赤く光って見える。

 

 

遠くに街の明かりを眺めながら、山の麓に辿り着いた。

 

 

最後の500mの急坂が凍っていて上るのが大変だ。街が遥か彼方に遠ざかる頃、月も上空に赤い光を放ちながら輝いていた。

 

 

部屋に戻ったら、軽くシャワーだけ浴びて寝ることにする。

 

 

何時もならば明日は独りで帰るだけだが、まだ少し何かが起こる気がする。そのようなことを考えながら、俺は何時の間にか眠りに落ちていた。

 

遠野に戻って来た俺はCocoKanaで晩ごはんを食べることにした。夜になると暗くなってしまう鍋倉の麓で、店に灯る明かりが嬉しい。

 

 

今回は真冬の夜ということで、キムチ味の鍋焼きうどんを発注。追加でさらに辛いキムチが付いて来るのが良い。

 

 

 

肉も食べたいので、岩手豚のウィンナーセットもバーターで発注した。ハーブ入りやチーズ入り、辛いやつなど……かなり食べ応えがあり、うどんと合わせておなかいっぱいになった。

 

 

食後にKanaさんと話ながら、今日は酒ではなくノンアルコールの甘酒をいただいた。おまけのチョコレートを齧りながら、ちびちびと飲んだ。

 

 

食事を終えてだらだらしていたら、隣に猫が来てくれた。人間を警戒するでもなく、すっかりこちらを甘く見ている。

猫と遊ぶ時間は本当に楽しい。夜が更けるのも忘れていた。

 

 

 

 

 

小一時間猫と遊んでいたら、Kanaさんがサービスでリンゴを出してくれた。冬のリンゴはシャキシャキして美味しい。

 

 

暫くすると、出初式の何次会だかわからないような人たちが雪崩れ込んで来て騒がしくなったので、Kanaさんに挨拶して店を出ることにした。

時間はもう22時近いが、後は寝るだけだし、冬の夜空を眺めながら歩いて帰ろう。

 

闇の中に宮守駅のホームの明かりが浮かび上がっている。その明かりを頼りに、凍って滑る階段を慎重に上る。

 

 

人がいなくなった駅舎に灯る明かりが寂しい。

 

 

釜石行きの汽車が来るまでにまだ少し時間があるので、ホームの小屋で待つことに。室内にも片隅に氷が出来るくらい、外気は冷え切っている。

 

 

やがて汽車は定刻通りに到着。一緒に宮守駅から乗る客はいなく、孤独な旅に戻ったような感覚だ。

 

 

遠くに消えて行く宮守の街の明かりを眺めながら、思う。これまでは私生活でもずっと独りだったし、旅とはそもそも孤独なものであった。それがこれからどのように変わって行くのか、今は未だ想像も出来ない。

 

 

切符の券面に印刷される金額も、そのうち2倍になったりするのだろうか。

 

 

いろいろなことを考えていたら30分などあっという間で、汽車は極めて順調に遠野駅に到着した。