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真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

すっかり外が暗くなったので、めがね橋を見に外に出て見る。真っ暗な闇に浮かぶめがね橋に、手前の橋脚跡が少し寂しく見える。

 

 

足元ももうあまり見えないが、川面のステージまで下り、さらに水面の岩の先まで行って見る。逆さまに映っためがね橋が、冬の夜の強い風に揺られて絶えずその姿を変化させている。

 

 

 

 

 

 

 

暫く眺めていると、遠野から来た汽車がめがね橋の上を通って行った。2両編成。

同時刻に花巻から来る汽車はなく、宮守駅ですれ違う相手もいない。

 

 

 

また静寂が訪れる。俺は川から上がり、土手道を歩いてめがね橋に近付いて見る。見上げる場所にそそり立つめがね橋は、冷たい輝きを放っている。

 

 

 

 

 

そろそろ遠野に戻る汽車が近付いて来る時間になったので、このまま道に上って駅に向かうことにした。もう少し道の駅でのんびりしても良かったのだが、宮守にいると身体中の力が吸い取られていつまでものんびりしてしまうので、名残惜しいが動かなければならない。

 

 

 

 

 

めがね橋の下をくぐり、宮守の街の外へ……。

 

 

 

街を見下ろすような姿のめがね橋だけが、宮守の街に別れを告げる俺を見送ってくれる。

 

 

 

 

めがね橋の半円の中に、道の駅の明かりが浮かび上がって見える。暖かい明かりである。またあの明かりは自分で何処かへ行くことも出来ない、寂しい光でもある。

 

 

めがね橋を何度も振り返りながら、俺の足は次第に橋から遠ざかる。

こちら側にも人家があり、集落はあるが、今はすっかり闇に包まれている。家族で過ごすための小さな明かりが其処此処に灯っているが、俺がその中に入ることは出来ない。

 

 

 

 

 

すっかりめがね橋の姿が見えなくなり、俺の目に映るのは闇だけになった。釜石街道から宮守駅へ、ともすれば見逃してしまいそうな細い階段が上っている。

 

めがね橋前の緑地は冬でも基本的に除雪されることはないが、たっぷり積もった雪の中で頑張って川面のステージまで下りた人が何人かいるようだ。

 

 

 

よく見ると、日の当たり具合によって階段の一部ではほぼ雪が溶けている。これならステージへ下りることも簡単だろう。

 

 

俺はステージの先端から川に下り、水面に僅かに顔を出している石を頼りに進めるところまで進む。めがね橋を最も美しく眺められる場所であり、真冬には川に入ってまでめがね橋を見ようという人も少ないので、穴場でもあるのだ。

 

 

 

 

 

暫く同じ場所で過ごし、次第にあたりが暗くなって来た。

ライトアップもこの場所から眺めるつもりだが、まだ明かりが灯されるまでに少し時間があるし、流石に寒くなって来たので一度建物の中に入ることにした。

 

 

 

道の駅には真冬でも多くの人が訪れる。

建物の入り口は、産直側とスーパーマーケット側の2ヶ所あるのだが、産直側の入り口には黒板が設置されており、訪れた人がメッセージを残すことが出来る。

 

 

年明け間もないということもあり、願望を書き残していく人もいるようだ。

 

 

暖かい建物の中をうろうろしていたら、岩手限定のネームハンドタオルという商品が売り出されているのを見付けた。

なんとラインナップの中に、さきちゃんがあった。

 

 

これはこれで良いのだが、さきちゃんはどちらかというと宮守の人にとってはライバルである。

此処はラインナップにとよねちゃんさえちゃんなどを用意しておいて欲しかったが、残念ながら今のところメーカにその思いは伝わっていないようである。

 

校舎と正対する体育館は、昔ながらの木造建築でありながら、人の手を離れて5年間の風雪に耐えてその姿を留めている。

体育館そのものに思い入れがある人がどれくらいいるのかはわからない。個人的な思い出をひとつ挙げると、あれは幼稚園の卒園式の日。大した実感もなく体育館の扉を開けると、同級生たち全員がぐるぐると円を描いて走り回っていた。あれが何を意味していたのかは今、大人になってふと思い返してみると、理解出来る気がする。

 

 

 

気が付けば太陽が山の影に隠れ、いよいよ日没の時間だ。風も出て来て、かなり肌寒くなって来た。

 

 

そろそろ引き上げよう。しかしこの校舎が姿を留めている限り、俺はたまにでも足を運びたい。そして実は宮守の心の拠りどころであったかもしれない、もう人の声が響くことはないこの場所に、鎮魂の祈りを捧げるだろう。

 

 

 

 

分校から元来た道を下ると、再び太陽が森の上に見えるようになった。先程よりも濃い影が雪原に横たわり、夜の活動を始める準備に勤しんでいる。

 

 

 

 

山に挟まれた宮守の街には、最早太陽の光は届いていない。此処から急激に気温が下がり、道に積もった雪はさらに固くなるだろう。

 

 

そんな道の一角だけ雪が無くなっており、宮守村の時代からデザインそのままのマンホールが顔を出していた。

2羽のウグイスがチュウをしている。ウグイスは村の鳥で、下に描かれているヤマユリは村の花だった。

 

 

たまに車が通るだけの寂しい釜石街道を歩き、道の駅に向かう。

 

 

めがね橋が見えて来た。この橋を越えると、急に暖かな空気に包まれたような気になり、宮守の街の賑わいもすぐ近くに感じられる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

この時期は遠野に戻る汽車が来るまでに真っ暗になるので、ライトアップを見て行く時間もある。久し振りなので楽しみだ。

 

分校の校舎から離れの講堂には、2階からは渡り廊下が繋がっているが、1階部分はめがね橋をイメージしたのであろうアーチに彩られた、半屋外の廊下で繋がれている。

 

 

アーチや離れの庇の下には雪が積もらず、此処を歩く人もいなくなったというのに未だに何かに守られているかのようだ。

 

 

 

俺はこの学校の卒業生ではないが、通っていた小学校が廃校になるという経験をしており、「自分のルーツである場所がもうない」という感覚がどのようなものかはよくわかっている。

 

 

 

アーチから覗く校庭、故郷の森、遠くの山々。この場所から眺める風景が、この先何人の目に触れるだろう。

 

 

勿論建物の中には入れないが、下駄箱や傘立てといった当時の設備は残っており、今でも5年前のまま時間が止まっているかのようだ。

 

 

 

 

校舎の時計は止まり、朽ち掛けた椅子に雪が積もっている。

冬の満月の夜には、大勢の雪童子を連れた雪女が出るという。今は人ではない存在が、取り残された道具を使っているのだろうか。

 

 

 

山の上に雲が出て来て、一層寒さが身に染みる時間帯になった。

 

 

 

 

 

雪の上に残る足跡は、俺のものを除き、全て動物や鳥のものである。

いや、もしかしたらその中にひっそりと混じる足跡が……あったりなかったりするかもしれない。

 

西日が照り付ける凍った地面が、鈍く輝いている。日中僅かに気温が上がり、溶け掛けた雪がしかし夜にはまた凍り、それを繰り返して長い冬の道が出来上がって行くのだ。

 

 

強い風に吹かれ、雪が波を打っている。冬の間、一日として同じ形になる日はないだろう。

 

 

 

 

上の道は住宅地までは人の往来が多く、ところどころ路面が覗く程雪が無くなっているが、最後の住宅から先はカチカチに凍っている。

 

 

 

以前は子供たちが希望を胸に抱いて歩いていたであろう道が、今では人通りも殆ど無い寂しい道になってしまった。

 

 

 

冷たい冬の山を背に、分校の校舎が見えて来た。

 

 

たまに思い出したように此処に足が向くが、やはり子供たちの声が聞こえなくなり、その器だけが残っているような姿には、どうしても悲しみが込み上げて来る。

 

 

 

 

 

校舎はもう未来へ向けて歩みを進めることはなく、太陽の光さえも届かない。すぐ側には暖かな陽だまりがあるというのに、この一角だけが時間と共に凍り付いてしまったかのようである。

 

 

 

年月を経る程、この学校のことを思い出す人は少なくなって行くだろう。残念だが、それが学校がひとつなくなるということである。