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真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

土手は宮守川の内側を回り、名も無き小さな水路との合流地点へ。釜石線の低い高架(?)が見えているが、あの向こうにはエイスリンちゃんの水道橋があることで有名だ。

 

 

川の向こうには何軒か住宅があり、土手に散歩に来る人も多いのだろうか。何人かの足によって雪が踏み固められている。

 

 

田圃を貫く直線の道は、意外に長く400mくらいあった。この雪原の反対側までやって来たことになるわけで、分校へ向かう道が遠くに見えている。

 

 

 

 

こう一面白くては、何処が道なのかもよくわからない。途中何度か、埋もれた田圃の畔に引っ掛かりながら、雪の中を歩き回った。

 

 

 

 

そのうちに何時もの道を見付け、俺は上の道に戻ることにした。

 

 

山側は結構な傾斜の中で、苦労して地面を耕しているのであろうことがわかる。

 

 

太陽が一瞬陰り、宮守の街全てが暗い影に覆われる。少し様子を見ていたら、またすぐに日差しが戻り、真っ白な雪原が姿を見せる。

 

 

 

少ないとはいえ道に残った雪は車に踏み固められ、西日を反射して冷たい光を放っていた。

 

 

上の道からは、遠く一羽根峠まで見晴らせた。あそこが宮守の街の終わりである。

 

 

さて、此処から街に戻るか、街外れに向かうかだが……。

 

 

まだ日没までもう少し時間があるので、このまま分校まで歩いて行ってみることにする。

 

釜石街道に出て、何となしに分校の方へ歩みを進める。途中、車とも人ともすれ違うことはなかった。

 

 

山裾は完全に日陰である。それ程雪が積もっていないため、その上を頑張って自転車で走った人がいるようだ。夜になると道が凍り、自転車の轍がそのままカチカチになるだろう。

 

 

道を外れると、四季様々な表情を見せる田園へ。今は真っ白な雪に包まれ、人が入ることも殆どないため、全ては冬に眠るままである。

 

 

 

斜面にはくっきりと光と影の境界が形作られ、吹き溜まりの下の僅かな影の中に、夜の闇がある気がした。

 

 

雪が積もってから、この道を歩いた人がいるようだ。ただしそれは恐らく何日も前のことで、足跡は強い風に晒されて消え行こうとしている。

 

 

 

 

少し太陽が雲の影に入ると、さっと世界に暗幕が降りたようにあたりが暗くなる。

 

 

 

冬の世界、一面白のスクリーンに映し出される幻影は、秒単位で目まぐるしく表情を変える。冬は沈黙の季節だなんて、誰が言ったのだろうか。一度この場所で、何もせずただ立っていてみれば良い。

 

 

 

 

川の土手は流石に少し雪が溶けていた。このまま土手を回って行ってみようか。

 

 

 

 

元来た道を振り返ると、このような雪まみれの道にも歩く人がいるのか、たくさんの足跡が付いていた。

俺の足跡だった。

 

 

世界は狭いようで広く、広いようで狭い。

 

宮守の街が見えて来た。雪の上に足跡はあるが、今日はひとりの人も見当たらない。

 

 

道路にも、一台の車も走っていない。連休の中日とはいえ、何だか少しだけ胸にざわざわしたものを感じる。

 

 

汽車は何ごともなく宮守駅に到着。

 

 

 

汽車や一緒に降りた地元の住人たちを見送り、風が強いホームの上には俺だけが残された。

 

 

ホームの山側には待合室の影が掛かり、冷たい空気が停滞している。数メートルの幅に昼と夜が存在する小さな世界である。

 

 

 

 

 

紐を引いて鐘を鳴らしてみる。澄んだ音が睦月の空気を切り裂き、空の彼方へ消えて行った。

 

 

静かな街へ下ることにする。

 

 

 

そして、駅舎のドアにこのような貼り紙を発見。

 

 

……何時かはこの日が来ることを覚悟していたが、実際に大好きな宮守駅が奪われることを眼前に突き付けられると、流石に俺も深い悲しみと怒りを禁じ得ない。

駅舎の老朽化が進んでいることが理由だというが、それはJRが駅舎を手入れする人を取り除いたからであろう。それで駅の運営規模がどんどん縮小し、緩やかに交通の利便性が縮小して行く街から人が離れ、営利企業であるJRはさらにそういった場所に金を投じなくなる。公共インフラが国から営利企業に引き渡されてから、特に北海道や東北ではそのようなことがあちこちで起こって来た。

年々値上げされる切符代はいったい何処に使われているのだろう。極一部の趣味人のための豪華列車だろうか。それとも冷たいガラスとコンクリートで出来た巨大な箱だろうか。

そんなものは要らない。切符代は値上がりしても良い。それを他に手段を持たない人々の足を守るために使うべきだ。そうでないなら、最早公共インフラを担う企業としてのプライドはひと欠片も残っていないことになる。

 

 

と、話が長くなってしまったが、俺が足を運ぶ度に写真に収めて来た宮守駅の駅舎が、今では貴重なものになってしまった。何年かすると、この地域の拠りどころだった白く小さな駅舎を知らない世代が出て来るのだろう。

それはそれで、知らないでいられるということは俺のように自分ではどうすることも出来ない悲しみを抱かなくて済むということなのかもしれない。本当ならこのような怒りは、ないならない方が良い。

 

 

 

 

駅前通りは積もった雪によってところどころ凍り付いており、ツルツルと滑りそうだ。

 

 

 

 

家の入り口などは除雪されているが、影になった部分はすっかり氷になっている。時間が止まってしまったようである。

駅正面から釜石街道に降りる小さな階段、その脇にある水路だけは凍らず、水の流れる音が聞こえて来た。

 

 

足元は車道に増して滑りそうだが、久し振りにこの階段を歩いてみることにした。

 

乗客を乗せた汽車はゆっくりと遠野駅を離れて行く。

 

 

冬の15時過ぎとなれば、太陽はかなり山の稜線に近付いている。住宅地の間を抜ける汽車には、薄く暗い影が迫っている。

 

 

 

真冬の斜陽が照り返す猿ヶ石川を越え、汽車は街の外に出る。夜は白を覆い尽くす黒が支配する世界である。

 

 

 

やはりこの年は雪が少なく、ところどころ踏み固められて氷になり、其処に太陽の光が反射している。世界が今日最後の輝きを放っているかのようだ。

 

 

風の丘を過ぎ、綾織に出ると、汽車は広大な田園地帯に差し掛かる。

 

 

 

跨線橋を見上げる一本の木は、何時もと変わらずに此処に座っている。

 

 

山にも雪は少ないが、それでもやはり冬らしい表情を見せつつあり、そして遮るものが何もない広大な大地では、強い風に雪の精たちが好き放題に遊んでいる。

 

 

 

 

あそこに見える白い峠の向こうに目指す街がある。

 

 

遠野と宮守の間には、笠通山(かさかようやま)が聳えており、この山の近くではキャシャという妖怪が出て人の死体を食うという、何とも恐ろしい話が遠野物語に出て来る。

遠野市立博物館のすごろくにもキャシャをモチーフにしたイベントが設定されており、俺はとても頻繁にキャシャに襲われている。

 

 

二日町を過ぎると、嘗ての宮守村の外れである上鱒沢地区に差し掛かる。峠を挟んで現在の遠野市側にまで村域が広がっていたということで、ひと言で宮守といっても様々な特色を持った土地があったことがわかる。

 

 

 

 

余談だが、旧宮守村の面積は165平方キロメートルと少しで、これは長野県の駒ケ根市をほんの少しだけ小さくした面積に近い。

 

 

汽車は柏木平の峠を進み、暫く人家も疎らな寂しい森の中を往く。

 

 

人里離れた山懐にも、貴重な平地を利用した田園が広がっている。近くに住む人が手入れしているのだろうが、此処まで通うのも結構大変そうだ。

 

 

 

流石にこのあたりは冬になると人通りが全くなくなり、雪は積もり放題に積もっている。季節はこうした人が見ていないところで進んでいるのかもしれない。

 

出初式の次第が全て済み、建物の外は消防団員たちで溢れ返っていた。

 

 

これから各自で街へ繰り出し、仲間内で食事をしたり、酒を飲んだりして盛り上がるのだろう。

 

 

 

俺も駅前へ戻り、昼ごはんを食べることにした。

今日は珍しく、通りを歩いていて2匹の猫に出会った。比較的暖かい日とはいえ、冬に建物の外で屯ろしていて寒くないのだろうか。それとも、実は結構猫がいるのだが俺が気付いていないだけだろうか。

 

 

 

昼ごはんはカッパの店にした。

 

 

いただいたのはジンギスカンチャーハン。甘辛風のたれで味付けがされていて、確かにジンギスカンなのだが焼肉にして白いごはんと一緒に食べるのとは全く違う。新しい境地である。

 

 

そして今回は、デザートメニューにコンセイサマパフェなるものがあったので発注してみた。

生クリームの中にそそり立つ、黒光りするイチモツが極めてヤバい。

 

 

 

なおこの日は、第33回皇后杯・全国都道府県対抗女子駅伝の開催日であり、たまたま店のテレビで流れていたのを見ていた。この大会は何故か毎年、非常に白熱した接戦になるので、今では開催日を楽しみにしている大会のひとつなのだが、初めて見たのがこの日だった。

途中から熱中して長居してしまったのだが、そんな俺の様子を見たカッパ店長がサービスで甘酒を出してくれた。米の食感が残る甘酒はとても暖かく、熱中した身体がさらに熱くなり汗びっしょりになってしまった。

 

 

美味しい甘酒をいただき、気温が下がって来る午後も乗り切れる。

で、この日は出初式が一日中続くのかと思い午後も予定を入れていなかったのだが、半日空いてしまったのでどうしようかと思い、ふと15時の汽車で宮守に行ってみることにした。特に大きな理由はないが、宮守が好きなのだ。

 

 

この年は比較的雪が少なく見えるが、それでも冬らしい景色になって来た。

 

 

2両編成の汽車が到着。連休中日の夕方前にしては、乗客の姿は多いようだ。

 

 

宮守に向かうのは、9月に鹿倉胡桃ちゃんの誕生日を地元で祝って以来である。