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真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

幾ら夏の盛りとはいえ、19時を回ると流石に空が暗くなって来る。雨は上がり、再び青空が顔を見せているが、その青は濃く、暗くになり、間もなく夜に塗り潰されるだろう。

 

 

街にはひとつふたつと明かりが灯り始め、川の光は今まさに闇に沈もうとしている。

 

 

白河から黒磯に掛けては汽車は深い山の中を走り、街の灯りすら届かない。黒々とした深い森が恐ろしい雰囲気すらあり、背筋をひんやりしたものが通って行くように感じる。

 

 

 

このような山に包まれて暮らす人々は、今いったい何を感じながら、太陽が沈むのを待っているのだろうか。

 

 

汽車は黒磯、宇都宮といった大きな街を通り、やがて東京に辿り着いた。山も森もない街でも、無事に帰って来られると安心する。

我々はさらに乗り換え、自宅の最寄り駅である水道橋で汽車を降りた。

 

 

水道橋駅から10分程歩き、今はなくなってしまった本郷の自宅へ。

少し遅くなってしまったが、我々はまだ晩ごはんを食べていなかったので、自宅の目の前にある烈士洵名というラーメン屋で食事をして行くことにした。

この店は信州の白味噌を使ったラーメンが有名で、個人的には日本で一番美味い味噌ラーメンが食べられると思っている。普通の味噌ラーメンは何度か食べているので、今日は辛味噌のラーメンをいただいて見ることにした。そして、バーターで肉をごはんの上に乗せてから炙る「豚めし」もいただいた。こちらも肉の脂が香ばしく焼き上がり、極めて美味いのだ。

 

 

 

嫁も俺も長野には思い入れがあるので、一日で岩手に遊び、長野の味を楽しめるとはとても嬉しいことだ。

最後にも良い思いをして、初めて誰かと行く遠野の旅が終わった。昨日の夜の天気だけは残念だったが、一応数発の花火も見られたし……また来いということなのだろう。そのような日を楽しみに、暫くは日常の中で生活して行こう。

 

厚樫山上空には厚く暗い雲が掛かり、福島県北の大地に雨を運んで来る。遠くの山々は霧に隠れ、ずっと先まで何もない空間が続いているかのようだ。

 

 

汽車は次第に高度を下げ、雨に煙りながらも鮮やかな色をした水田、森、小さな丘が目の前に現れた。

 

 

 

雨は強くなる一方だ。福島駅はもう目の前だというのに。

雨から逃れるように急ぐ車が一台、緑の中の道を走っている。

 

 

 

汽車は何とか定刻どおりに福島駅に到着した。雨は既に写真に撮っても明らかにわかるくらいに強くなり、どうどうと音を立てて駅や汽車の屋根に降り注いでいる。

 

 

出発を見合わせる汽車はいないようだが、そもそも今の時間帯に福島駅を出る汽車がないようだ。我々が乗って来た汽車も、小一時間の休憩を挟んでそのまま黒磯行きの汽車になる。

地元の人は慣れているのか、この雨に慌てる様子もなく汽車の出発を待っている。

 

 

出発を待つ間に、車内で遅めの昼ごはんを食べておく。

今日はパンに、中々珍しいターキーランチョンミートの缶詰を挟んでいただく。クリスマスに七面鳥の丸焼きを食べたことなどはあるが、七面鳥のランチョンミートとは初めて見る。味は少し塩気が強かったが、パンに合い中々美味かった。

デザートに、いなばの缶詰シリーズから本場タイで製造したココナッツミルク類の缶詰もいただいた。

 

 

 

太陽は雲に隠れて見えないが、既に空の頂点は通り過ぎ、西の空へ向かい始めている。汽車は雨が弱まるのを見計らい、次の目的地へ向けて出発した。

 

汽車は宮城県北の素朴な風景の中を進む。岩手でも宮城でも、北の県境に近い程、野趣溢れる景色が広がるようになるのだろうか。

 

 

線路の近くに高い山がなく、広大と言える程広い田園地帯の空を、薄い雲が覆い始めている。南方では雨が降っているのだろうか。汽車はその雨に向かって旅をしている。

 

 

 

 

このあたりには鳴瀬川を始め、大小幾筋もの川が流れている。水が豊かな土地で、宮城県内でも随一の穀倉地帯だという。

 

 

 

 

小牛田、松山町、鹿島台、品井沼といった懐かしい駅をひとつ過ぎる毎に、大きな街が近付いて来る。東北一の大都会・仙台が何時の間にか目の前である。

 

 

 

 

 

今回は仙台であまり待ち時間はなく、すぐに次の汽車に乗り換えた。次に目指すのは、福島との県境にある街、白石。

 

 

暫く南へ下ると、車窓と並行して白石川が一緒に旅をしてくれる。東北本線で一、二を争うとされる秘境駅の東白石駅は、目の前に白石川が流れ、対岸の街の明かりが感じられる、とても素晴らしい駅だ。

 

 

 

白石の街を過ぎると、いよいよ宮城県ともお別れで、汽車はゆっくりと峠へ上り始める。昔の人にとって、峠や山は今よりも険しく、畏怖すべき存在だった筈だ。峠をひとつ越える度に、新しい街との出会いが待っているのだ。

 

 

 

越河という駅も俺が大好きな駅のひとつなのだが、この越河駅が宮城県内で最後の駅だ。越河の小さな集落を過ぎると、いよいよ県境に差し掛かる。車窓には一本道が横たわり、人の姿はなく、先を急ぐ車がときどき通り過ぎて行くだけである。

 

 

 

このような峠道にも暮らしている人たちがいる。このあたりは俺が訪れると何時も天気が悪いイメージだが、今日も雨こそ降っていないが雲が広がっている。勿論たまたま俺がそういうタイミングに当たっているだけなのだろうが、雨が多い峠の暮らしはどのようなものなのだろうか。

 

 

 

此処が峠のピークで、間もなく福島県に入ると貝田という駅に辿り着く。その先に、また俺が好きな車窓のひとつが現れるのだ。

 

汽車は南に向けて花巻を出発した。夏の太陽は岩手の山々を照らし、空には白い大きな雲がのんびりと漂っている。寒い季節が長い北東北の、短い夏である。

 

 

 

車窓には街が現れては消えて行く。あそこにはどのような生活があるのか、俺が知る日は何時か来るのだろうか。

 

 

 

生命に満ちた水田、光る川に架かる橋、鉄塔、深い森。その一秒一秒が美しく、俺は一瞬たりとも目に映るものを逃したくない。

 

 

 

県北には野趣溢れる風景が多いが、県南はそれと比して穏やかであり、広い台地が形成されている場所もある。

 

 

 

 

 

黄金の都・平泉の栄華も今は昔だが、直に秋が来ると岩手の全てが黄金色に覆われ、新しい時代の生命の煌めきを見る。それは今後何十年が経っても、俺がいなくなった後でも変わらないだろう。

 

 

 

一ノ関で汽車を乗り換え、岩手県とはこれでお別れだ。

 

花巻から先は、遥々上野まで東北本線を乗り継いで行く。次の汽車まで暫く時間があるので、一度改札を出て待合で休んで行くことにした。

 

 

 

汽車に乗り込んだのが無人の綾織駅だったので、花巻駅の駅員に切符に押印して貰ったのだ。

 

 

花巻駅の待合には、知る人ぞ知る美味い駅蕎麦屋と、ケーキなどを売る「風彩」という店があった。

残念ながら前者は2020年2月に、後者は2019年12月に閉店してしまい、2021年現在待合には何もなくなってしまったが……。

 

 

この日は初めて風彩に立ち寄ったので、休憩の間におやつを食べて行くことにする。

嫁と気になるものをひとつずつ選び、ブルーベリープリンもちもち いちご&3種のベリーというワッフルを発注した。

 

 

どちらも、結構フルーツ感があって美味しかった。ちょっとした甘いものを食べたい人には、とても良い店だっただろう。

何故そう長くない間に閉店することになってしまったのか。駅の利用者には学生が多いので、より安くて量が多いものが有り難い学生のニーズと合致しなかった……などの事情があったのだろうか。

彼らも商売なので、利益が出ないなら撤退するのは致し方ない判断なのだが、結局こうして駅が寂しくなって行ってしまうというのはとても悲しいことだ。