道沿いに集落らしい集落はもうなく、時折数軒の家が現れては消えて行くのみである。段々と、人の生活の気配が薄くなって来た。
今は農具置き場として使われているらしいプレハブ小屋の脇に、綺麗に背の順に並んだ5基の石碑があった。
このような場所にも信仰はあったのか。それとも、このような場所だからこそ信仰があったのか。
眩しい朝日が目に染みた。或いはそれは野焼きの煙のせいだったのかもしれない。
今度は、形はバラバラだが背の高さは揃っている7基の石碑。庚申塔が多いようだ。
それは山へと入る道のすぐ近くにあった。此処が別世界への入り口だったとでもいうのか。
その先には何軒かの家があった。このあたりの農地を耕して暮らす人々だろうか。近くの山を持っている可能性もあり、そうだとするとかなりの富豪である。
畑の真ん中にとても小さな御社があった。貴重な平地であろうに、境内を確保出来るだけの面積を畑にせず、神様に此処に居ていただきたいという願いが形になって時代を越えて紡がれて来た。
鳥居は未だ新しい。恐らく何度も建て替えられて来たのだろう。
俺の顔面程の大きさしかない祠だが、鬼瓦が設えられていて、その表情が何ともユーモラスに見えた。
厳しい状況に置かれたときや、何はなくとも上手く行かないときなどに、信じるものがあるということは大きな救いになる。それは決して神頼みや運命任せだということではなく、何とかしてこの苦境を乗り越えて見せるから見守っていていただきたい、という声なき声の現れである。
俺は恐らくこの土地の人たちと宗派は違うだろうが、信仰に求めるものは結局のところ同じなのかもしれない。それが俗世的に何の形をしているかの違いだけで。
まだまだ先は長い。受け入れられるならば山の神々に見守っていただきたい。