最後の乗り換え駅に到着したことで、否応なしに明日に向けた緊張が高まる。
俺は元来人見知りで、すぐに緊張し易い。心臓がバクバクして吐きそうだ。
時計を見たら、もう18時近くになっていた。そういえば昼ごはんはカレーを少し食べただけなので、そろそろおなかが減って来る時間帯だ。よし、今日の晩ごはんは花巻で食べよう。
花巻駅は市街地よりも高台にあり、駅前には観光客向けの店が何件かあるくらいだ。市街地は高台から下った場所にあり、そちらには昔ながらの商店街や百貨店があり、賑わっている。
駅から数分歩くと、やがてアーケードの商店街に差し掛かり、ラーメン屋や大衆食堂が軒を連ねている。店先に輝く吊り看板が、この街の歴史を思い起こさせる。
特に何を食べるかは決めていなかったため、適当にびびっと来た店に入ろう……と考えながら歩いていたら、やがてかの有名なマルカンデパートの前に出た。
最上階の大食堂の明かりが、下から見上げるだけでも楽しそうな雰囲気を醸し出している。
俺は気付けば吸い寄せられるようにマルカンの中に入り、最上階行きのエレベータに乗っていた。
マルカンの大食堂は、岩手県のことを多少なりとも御存知の読者諸氏には説明無用だろう。
昭和の時代には日本全国にあったであろう「デパートのレストラン」で、数百人が一度に入店出来る広さを誇るが、休日のお昼どきにはこれでも行列が出来るくらい大勢の地元民が押し寄せるという。
メニューはカレーや寿司、ラーメン、定食とあらゆるジャンルを網羅しており、その数実に百を超える。
この食品サンプルがもう子供たちの憧れの的である。俺が小学生の頃に住んでいた横浜市某所のイトーヨーカドーにもレストランがあり、親に連れて行ってもらう度にショーケースの前にへばり付き、何を食べようか散々迷ったものだ。
丁度夕食どきが始まるか始まらないかという時間に入店したため、あっさり窓際の席を確保することが出来た。食券を買い、食事が運ばれて来るのを待つ間に、花巻の夜景を楽しむことにした。
雨の花巻市街地はやはり少し霞んで見え、家の明かりや車のヘッドライトが霧の中に浮かび上がっている。家路を急ぐ人々の姿が時折アーケードの下に現れては消えて行く。
遠くの空に架かった霧に街の明かりが反射し、あの場所に別の華やかな世界があるようにも見える。雨は良いものも悪いものも、その境界を曖昧にして自分が今何処にいるのかもわからなくさせる。
冷たい光が溶ける霧をぼんやりと眺めていたら、やがて発注した食事が運ばれて来た。