胡桃ちゃんのお誕生日会が終わり、この後は東京へ向けて長い旅を始めなければならないのだが、乗る予定の汽車までまだ少し時間があるため、折角なので宮守川の河原まで降りてめがね橋を拝んで行くことにした。
魚獲りをしていた子供たちは何時の間にかいなくなっていた。
宮守川の水面に秋の空が映え、とても素晴らしい景色が広がっていた。
珍しく周囲に誰も人はいなく、静かな時間が流れている。鳥の声に風の音、都会にいるとなかなか耳にすることが出来ない秋の囀りを、今はたった独りで独占出来ている。
幸せな時間とは案外、すぐ近くに転がっているものだ。
ところで、河原のステージからめがね橋の反対側を見てみると、対岸に不自然な形の石があることに気付く。
これは何年か前に河原の整備をしていたところ、川底から発見されたためにこの場所に飾られている石だ。
誰が呼んだか「奇体な石」と称され、転じて「期待出来る石」ということで縁起ものとしての人気を博しているということだ。
個人的には、どう見てもアレの形にしか見えないのだが、実際に子宝祈願のためにこの石を見に来る人もいるとか、いないとか……。
それではそろそろ帰る時間だ。
河原から上り、街の中を歩いて駅を目指すことにする。黄金色の稲穂が秋の爽やかな日差しを受け、実に美しい。薄雲が風景のバリエーションを豊かにし、一日として同じ表情にはならない宮守の空を象徴している。
まだほんの一部ではあるが稲刈りは始まっており、刈られた稲が数本の束になって畦道に放置されている。上空では鳥が気持ち良さそうに旋回しているが、やがてすっかり稲が刈られると、土の中から顔を出す虫を狙い、鳥たちも田圃に降りて来るのだ。
やがて長い冬が来るが、それはその次に来る春のための準備でもある。季節の移ろいを五感で感じられる、そんな旅の仕方が出来ていると思える瞬間である。