古木のすぐ側に、釜石街道に上る道があったので、跨線橋の上からこの木を拝んでから帰ることにする。
振り返ると、遠野からやって来た汽車が木のすぐ脇を通り過ぎて行った。もうそんなに長い時間、木と一緒に過ごしていたということか。
土手の縁に設けられた小さな坂道を上ると、釜石街道から跨線橋を越えて少し石上山の側に入ったあたりに出る。
霧に覆われた山々に囲まれ、未だに眠りの中にいる綾織の街を、この木は何時から見て来たのか。どのような歴史を経てこの場所にいるのか、どんな種類の木なのか、街のどれくらいの人がこの木の存在を意識しているのか。
ただ、仮に誰もがこの木に見向きもしなかったとしても、俺は今日この木に会いに行った。
線路を越え、だんだんと木の姿が小さくなる。じきに霧が晴れれば、やがてこの光景も、何でもない日常の一瞬になって行くのだろう。
そろそろ遠野に帰る汽車が綾織駅に到着する頃なので、駅に戻ることにする。
釜石街道から正規の道を行くと、回り道をしなければならず時間が掛かるので、再び田圃の中を抜けて行くことにした。
綾織の田園地帯に下ると、道が線路で寸断された小さな踏切があり、車は通れないようにガードレールで塞がれている。
此処から線路沿いに田圃の畦道を歩くと、あっという間に綾織駅に辿り着ける。
地元民しか歩かないような細く入り組んだ道だが、今日は少しだけ失礼して歩いてみた。
朝起きたときと空模様は然程変わっていないが、得難い経験をして綾織駅に戻って来た。