霧に覆われた綾織の街には、多くの水田の間を縫うように小さな道が入り組み、すぐ目の前の場所に行こうとしても大きく回り道をしなければならないこともある。
遠くに大通りが見え、其処へ向かう道に立ち並ぶ灰色の電柱が、あそこは別の世界であることを示しているようである。
ひと足先に稲穂が刈り払われた田圃に、稲干し用の木組みの柵が用意されている。後一週間もすれば、一斉に稲刈りが始まり、このあたりはあっという間に荒涼とした景色に変わるのだろう。
綾織駅に向かってかなりしっかりとした畦道が延びているが、駅と田圃の間には大きな溝があり、簡単にはホームに上がれない。雪の中でその溝に嵌った経験は今となっては良い思い出だ。
綾織を包む霧の中を歩き、以前から行きたかったとある場所を目指す。山々はかなり低い場所まで白に包まれ、その全容は杳として知れない。
高いものなどない広い道に、灰色の電信柱だけが規則正しく並び、未だ起き出さない人々に変わって、道行く見慣れない旅人を見詰めているようだ。
暫く歩くとガードレールと線路で分断された道に行き当たり、見上げる先に釜石街道が見えた。
この先は線路に沿い、畦道を歩く。何時の間にか跨線橋にかなり近付いており、目的地ももう近い。
跨線橋をくぐる前に綾織駅を振り返ると、さっと視界が開けたように感じた。
現実と非現実の境界を曖昧にする霧の中に、一本の木がはっきりと立っているのが見えた。
あの木が、俺が以前から憧れ続けて何時か行きたいと思っていた場所だ。