空に打ち上げられた一発の号砲が午前10時を告げ、とうとう祭が始まった。
天神の森を抜け、現実の世界から幻想の空間へ、白装束に身を包んだ鹿踊りの一団が入って来た。
朱塗りの鳥居をくぐり、三頭の鹿が厳かに登場。彼等の登場で、場の空気も急に引き締まったように感じる。
鳥居の内と外は、はっきりと隔てられた聖域の内と外。鹿たちにとってもこれをくぐるのは特別な行為であり、ゆっくりと時間を掛けて踊りが捧げられる。
太鼓に笛、祭囃子の声が天神の森に響き渡る。百年前と変わらない、暑い夏が訪れていた。
祭の開幕を務めるのは、地元の張山鹿踊り。ぎろりと吊り上がった眼は迫力があるようにも見え、また滑稽な表情にも見えた。そして彼らの踊りは、山で生きる人たちの祈りの形に似ていた。
鹿踊りとひと括りに言ってもその発祥は様々で、鹿を供養するための踊りであるとも、また鹿狩りの踊りであるともされている。特に遠野には様々な流派があるが、その他にも花巻や大槌といった地にも、全く違う形の鹿踊りが伝わっている。もしかしたら源流はひとつなのかもしれないが、同じような文化が全く異なるルーツの上に現代まで残っているのは非常に不思議だ。
人間と鹿の踊りは一種のトランス状態を作り出し、踊り手も見る側も原始の遠野へと誘われるかのようだ。生死を賭した戦いにも、平和な山の戯れにも見える。そのどちらの解釈も、遠野のルーツにおいて間違ってはいないだろう。
激しい鹿踊りは一体だけで踊り切るのは困難とされ、今回も鹿たちは交代で踊っている。この後、本殿へ勇壮な鹿踊りが奉納される。