俺は藤川さんの店に立ち寄り、おやつと酒を注入してから祭へ向かうことにした。
藤川さんは店番があるため参加することは出来ないというので、俺が彼の分まで祭りを楽しんで帰ることにしよう。
祭の後は直接街へ帰る予定のため、恐らく藤川さんとは暫く会うことが出来ないだろう。俺はこの数日間、御世話になった礼を言い、遠くない将来の再会を誓って彼の店を後にした。
祭装束を来た人が忙しく参道を出たり入ったりしている。幸い、まだ祭は始まる前のようだ。
木漏れ日が差し込む原始の森に、誰が架けたのか丸太の階段が拵えてある。その一歩一歩は大きく、階段を上るというより丸太を跨いで歩く感覚だ。遠野物語よりもさらに昔、神話に出て来るような山の巨人が歩いていたのだろうか。
巨木が根元から折れ、其処から新しい木の芽が生えている。この木はもうその命を終えたが、今は次の命を育む揺り籠となっているのだ。
森は深くなり、そして行く手に鳥居と山門が見えて来た。
ぽっかりと開けた空に、朱塗りの鳥居が映えている。いよいよ、遠野物語の始まりの時間に足を踏み入れるのだ。
境内の片隅には屋台が出ていて、何やら煙が上がっている。どうやら旅行客も、暖かい料理にありつけそうだ。
本殿には偉い人たちが集まり、最後の打ち合わせ中。祭が形作られて行く段階からこの目で拝めるのは大変に幸運だ。
境内の真ん中には土俵が設けられ、既に両控えには塩も用意されている。
古来相撲は神前で力士たちが力を競い、力士の四肢には神と同じ力が宿るとされた。時代を越えても、こうして相撲が奉納される様子を見学出来るとは。
噂によると、相撲を取るのは地元の中学生で、トーナメント形式で対戦が組まれるようだ。何人くらいが出場するのかはわからないが、トーナメントを組むということはそれなりに多いのだろう。これは盛り上がりが期待出来そうだ。





