祭の開始までにはまだ少し時間があるため、俺は神社から大袋集落に引き返し、山へ向かう道を歩いてみることにした。
やがて傾斜が比較的なだらかになると、行く手に十数軒の家々が寄り集まる集落が現れた。
このあたりが上大袋の集落だろうか。確かに、荒屋とすぐ隣り合わせの大袋と比べ、上大袋は高台にあるため、物理的に別の集落であることは明らかだ。
山が非常に近い場所にある。今、この場所にどれくらいの人が暮らしているのかはわからないが、それはきっと附馬牛の境界のひとつを守る暮らしなのであろう。
牛が一頭だけ放牧されているのが見えた。こちらには目もくれず、ゆっくりと草を食んでいる。
道の脇にはたくさんの牧草ロールが積み上げられているし、サイロも見えた。険しい山の中腹にある上大袋では、農耕よりも牧畜の方が盛んなのであろう。
振り返れば、随分と高いところまで上って来た。ついさっきまでいた大袋の集落が、ミニチュアのように小さく見えている。
山に掛かった霞は次第に晴れ、夏の青空が顔を見せ始めている。もう小一時間もしないうちに、快晴になるだろう。
まだ余裕があるので、集落で一番高いところへ上る坂道を歩いてみることにした。
このあたりは珍しく貴重な平地で、田圃が形成されている。この田圃の畦道を抜け、水路に架かる小さな橋を渡ると、道は未舗装の山道に変わる。
たわわに実った稲穂が頭を垂れている。遠野の夏は短く、後半月もすればこの場所に小さな黄金の絨毯が敷かれるだろう。
道はそのまま小高い丘の上に続いている。上大袋の集落をも見下ろす場所には何があるのだろうか。




