俺が附馬牛に戻るか否かのうちに、空から大粒の雨が降り注いだ。雨はあっという間に土砂降りになり、夕暮れの闇とともに街を覆い尽くした。
俺は片岸橋のバス停に逃げ込み、事なきを得た。雨は少しの間猛烈に降り続き、そして止むときはぱったりと止んでしまった。山に囲まれた土地ならではの天気だと言えようか。
爽やかな青空に架かった虹ならば素敵だが、今はもう夜が迫り、街に明かりが灯り始めている薄闇に架かった虹だ。その輝きは禍々しささえ孕んでいるように見える。
俺はそのとき、何故かこの虹の出どころを突き止めたい衝動に駆られ、パティも荷物もバス停の小屋に残し、ふらふらと外へ出た。
これも闇に浮かぶ虹の魔力だろうか。短時間で大雨に降られた山には霞が掛かり、全てが異次元の光景に見える。
あの山の向こうは、荒川高原のあたりだろうか。
頭の中では虹の麓に辿り着けるわけがないとわかっていながら、虹を追い掛ける時間はまるで子供の頃に親に内緒で繰り広げた大冒険のように、背徳的なワクワクを感じるのである。
少しだけ雲間から青空が覗き、夕暮れと雨の雲が入り混じったような色をしている。
気付けば虹はすっかり見失った。俺が過ごしたのは夜の山の神が見せる、幻のような時間だったのかもしれない。




