2014年8月19日、この日は今になって思い返しても、俺が最も濃密に遠野と付き合うことが出来た5日間の、その始まりであった。運命の朝が来て、俺はゆっくりと寝床から抜け出した。
来内川には現役の水車や井戸があり、地元の人々が綺麗な水を汲みに訪れる。
一応街中なので、地元民が来始めるよりも早く荷物を纏め、出発の支度を整えた。
これから俺は附馬牛へ向かう。遠野の中でも、百年昔からの風景が一番色濃く残る、遠野の果てだ。
一旦駅に出て、それから早瀬川を越えて松崎から附馬牛へ入る。移動するだけでも結構な時間が掛かるので、今日は移動日にするつもりだ。
最短距離で附馬牛を目指すならば、真っ直ぐ早瀬橋を越えて土淵経由で附馬牛入りするのが早いが、折角ゆっくり行くことを決めたので、今まで行けそうで行けていなかった地域を巡って北上することにした。
市街地から早瀬橋を目指すには、バス通りを真っ直ぐ進む以外に、住宅地の路地を抜けて行く道がふた通りある。今まで眺めるだけで渡ったことがなかった、地元民だけが知っている小さな跨線橋で釜石線を渡るのだ。
木造の小さな橋は、歩きか自転車でしか渡ることが出来ない。昭和の香りが未だに色濃く残る一角である。
いつも渡っているメインの跨線橋、そしてその向こうに遠野駅が見えている。初めて出会う景色なのに、一瞬だけのすれ違い。
駅の反対側は、こちらもよく足を運ぶ遠野小学校方面。日枝神社や欠ノ上稲荷神社といった、遠野を訪れ始めた頃から馴染みがある懐かしい場所が多くある。
街に住む人が使う無数の細い道が、其処此処へ延びている。俺は真っ直ぐに旅の目的地を目指す。
旅の後半戦は余りにも静かに、穏やかに始まった。