新山高原は標高およそ1,000メートルの天空に位置する異世界で、ゆっくりと巡っているだけで地上とは何もかもが違うことを肌で感じられる。
生きものの足音も、鳥の声もせず、只強い風の音だけがずっと耳の奥にまで響いている。その音は何処か悲し気で、ふらりと訪れた旅人に何かを語り掛けているようである。
この場所は遠野と大槌の境界線上にあり、遠野市街地を目指すよりも大槌市街地を目指す方がずっと早いくらいの位置だ。高原には幾筋もの細い道が張り巡らされ、ともすると世界の裏側に迷い込んでしまいそうな雰囲気である。
少し雲が多くなり、そそり立つ風車が暗い影を地面に落とす。その姿は不気味でさえある。
本日の取り敢えずの目標である新山展望台は、白望~琴畑~新山と続く一帯の丁度真ん中くらいにある。近くには電波塔が立っており、その姿は既に正面に見えている。
遠野と大槌が丁度分かれる場所に辿り着いた。運命の街、大槌の姿を思い浮かべる勇気は、当時の俺にはまだ備わっていなかった。
さて、此処まで高原道路はアスファルトで舗装されていたり、そうではなかったりとどうにも半端に放っておかれている道であるという印象が強かったが、展望台へ上る道だけは取り分け立派に整備されていた。
ほぼ平坦で広大な高原の中でも、一番高い場所へ続く最後の坂道である。
空が近い。雲が近い。地上で生活していた頃は夏の雲を只見上げるだけだったが、今やその姿は目の前にある。
電波塔と看板が見えて来た。新山高原展望台は、寺沢高原と同じく展望台の高さを標高に足し、丁度1,000メートルに達する。遠野や大槌を巡った記憶から、どの人里からも最も離れていると実感する場所である。
晴れている日は早池峰山、大槌湾が見晴らせる素晴らしい場所であるというが、残念ながら俄かに雲が空を覆い始めた状況からすると、今日はそれは望めそうにない。
展望台の下にパティを置き、盗む人間は皆無だが一応施錠していると、行き止まりに一台の車が停まっているのが見えた。
施設の保守に来た人か、それともただの観光客か。どちらにせよ、もしこの車の主が今展望台に居るのならば、俺は鹿ハンターに続いて今日ふたり目の人間に出会うことになる。







