出来ることならば遠野を離れたくないが、今の俺には否が応にもその瞬間が待ち構えている。それならばいっそ未練を残さず、やって来る汽車に乗って遠野に別れを告げよう。
もう殆ど時間が無いので、メインストリートを余韻に浸る間もなく駅へ……。
俺が駅舎に入ると同時に、花巻行きの汽車がホームに滑り込んだ。東京までの切符を買っている時間は無かったので、取り敢えず券売機で花巻までの切符を買って汽車の中へ。
俺が乗車するのを待っていてくれたかのように、座席に腰掛けると同時にドアは閉まり、汽車は勇ましい汽笛の音を残して遠野駅を出発した。
汽車は朝日も澄んだ空気に溶け切った頃合いの綾織を走って行く。俺は朝一番に山登りを済ませて来た疲れからか、ウトウトと寝入ってしまった……。
夢の中でも、俺は汽車に乗って旅を続けていた。時々ハッと目を覚まし、今が現実なのか夢の中なのか、区別が付かずにいた。
峠を越え、柏木平を過ぎ、また峠を越え……汽車は宮守を目指して進んで行く。
寂しい峠道を越えると俄かに視界が開け、宮守のシンボルであるめがね橋の上から小さな街が見下ろせた。
多くの人が旅をする汽車を見上げ、釜石街道には車が行き交っている。宮守の街はこんなに平和なのだが……。
めがね橋を渡ると、其処は宮守駅。釜石線の旅の中間点にして、俺の旅路の中でも極めて大きな役割を果たして来てくれた駅だ。
向かい側の番線には、釜石行きの汽車がすれ違い待ちをしていた。一瞬だけこの場所で旅人たちの道が交差し、そして再び別れをも告げずに其々の道を進んで行く。
宮守駅と、そして宮守の街に、俺は数え切れないくらい多くのものを貰って来た。思い出は、溢れんばかりに満ちていた。