物見山の中腹からは、その名前の通り遠野市街地、その奥の土淵方面を見渡せる。高清水とは違い、展望地の標高は低く、山や市街地の建物がすぐ手の届く近さに見えるため、非常に迫力がある。
遠野小学校方面、九重沢へ向かう道が見える。あの山の中腹にあるのは、欠ノ上稲荷だろうか。
右奥の集落から峠を越えると、遠野三山伝説始まりの地、来内の伊豆権現に辿り着くだろう。
左下の山塊が鍋倉山。その奥の一本道が遠野のメインストリートで、遠野駅は山陰に隠れている。
遠野バイパスに沿ってひと際煌びやかな建物が立ち並んでいるのが見える。そのラインを境に、その先は急激に風景が変わる。遠野の深淵の入り口が待ち構えている。
人間が暮らすちっぽけな街は、幾重にも重なるあまりにも巨大な山々に見下ろされて其処にある。その一番奥の座に、神聖なる早池峰が鎮座している。
明るい日差しが遠野の街を照らし、時折太陽の前を横切る雲によって地上に影が落ちる。遠野の春は今、まさに始まったばかりだ。
桜の花がパッチワークのように街のあちらこちらに咲き誇っているが、これだけでは春の訪れにはまだ足りない。荒涼とした大地に水が張り、一面の湖が生まれて初めて、遠野の春爛漫といったところだ。
暫く街を眺めていると、勇ましい汽笛の音が響き渡り、遠野駅を出発した汽車が鍋倉の山影から姿を現した。汽車は猿ヶ石川を渡り、花巻へ向かって行く。
遠野高校、猿ヶ石川と早瀬川のランデブー、早瀬橋、光興寺、薬研淵橋。俺が何年もかけて存在を刻んで来た道が、一目のうちに見晴らせる。此処は素晴らしい場所だ。