沢を越える度に周囲から人間の匂いは失われ、自然が成す儘に造り上げられた世界に入り込んで行く。
倒木をそのまま利用しただけの一本橋も渡らなければならない。丸太一本だと足を滑らせただけでおしまいなので、本当に怖い。
遥か昔に枯れてしまった沢もあるのだろうか。苔生した丸太橋が土に埋もれ、朽ちかけたその姿を辛うじて覗かせている。
どれだけの時間を経れば、このような風景が出来上がるのだろうか。気が遠くなるような時の流れを幾重にも重ねて、巨岩が歩みを止め、その上に森が形作られて来た。
雨が降れば森に水が貯えられ、何百年もの歳月を経てそれが地上に染み出し、沢になる。一滴とて同じ流れは無い。時間の流れは二度と帰っては来ないのだ。
しかしながら、近くには何の整備もされていない御馴染みの沢しかない。辛うじて流れが穏やかな場所に水飲み場を設置したのだろうか。水は非常に綺麗で沢の底がはっきり見える程なので、美味しそうではある。
側には小さな祠が設けられている。古来、旅人はこの場所で最後に手を合わせ、険しい山に挑んで行ったのだろう。
馬留めの先には、いよいよ石上の絶壁が立ちはだかっている。この先へ足を踏み入れれば、もう戻ることは出来ない。進むも地獄、戻るも地獄、ならば進むだけだ。




