白望山の険しくも全ての不思議を内包するような女性的な山肌は、季節が移り変わってもあの日の記憶のままだった。
道中にはやはり雪が残る。しかし幸い、登頂を諦めなければならない程の雪に行く手を阻まれることは無かった。
虚ろな大木の洞には、冬を凌ぐために何者かが息を潜めていたのだろうか。
平地での常識が通用しない、何が起こってもおかしくない白望山にあって、得体の知れない存在がじっとこちらの様子を窺っていたとしても、何ら不思議ではない。
空は晴れて見通しが良く、まだ葉を付けない美しい木々の合間から太陽光が登山道に降り注いでいる。
やがて中腹の平地に差し掛かり、その殆どを覆い尽くす厚い雪が立ちはだかった。
雪が無い秋の登山では、割合容易に次の道を発見することが出来た。しかしこうも雪が多いと、景色は以前とは全く変わってしまい、山頂へ続く道も何処かに隠れてしまった……。
少し迷ったが、やがて藪の中に隠れるようにして延びる細い上り坂に行き当たった。
この先は一層急な斜面が、ずっと山頂まで続いている。寒い時期でも枯れないクマザサを頼りにして、ゆっくりと上って行く。
時折、傾斜が緩やかになり、木々も少ない日当たりが良い場所に出る。
山に積もった雪が清らかな流れにその姿を変え、足元に名も無い小さな川を形作っていた。
雪が溶ければ川が出来、雨が降れば湖が出来る。
地上では見られない、いや山奥でも一年のうちほんの僅かな時期にしか見られない、美麗にして苛烈な自然の表情を見た気がした。
