遠野放浪記 2014.02.16.-08 余情 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

俺は猿ヶ石川を渡り、足を踏み入れたことがない対岸の街を目指して歩いた。


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谷底から再び丘の上に上り、猿ヶ石川は眼下に小さく見えるようになった。

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鉄道が走る岩根橋の集落とは、別の世界のようだ。

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水分を含んだ雪が降る中、坂を上ると、農家の屋根が見えて来た。

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急に視界が開け、平らな場所に出る。家々の姿は疎らだが、この場所にもひとつの街がある。

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これだけ広い土地にも、家は数軒しかなく、街はひっそりとしている。駅からも遠く、また観光地でもなく、地元の人々が寄り添うようにして、静かに暮らしている場所だ。

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先程上って来た坂道が、街の内と外の境目であることがはっきりとわかる。落ち着き澄んだ空気に、心の中が洗われて行くような気がした。

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エジプトのルクソールには、ナイル川を挟んで太陽が昇る東岸を生者の街、太陽が沈む西岸を死者の街と呼ぶ場所があるという。この街とは成り立ちこそ全く違うが、猿ヶ石川を挟んで鉄道を中心に人々が集まる街と、駅や釜石街道からも離れてゆっくりとした時間の流れを静かに過ごす人々の街――世界にそんな場所があることを、ふと思い出す旅であった。

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そろそろ、岩手にいられる時間も短くなって来た。汽車に乗るために再び宮守駅を目指すことにする。

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雪は強くなったり、弱くなったり。昨日に比べれば落ち着きつつあるが、この先もまだちょっとした神様の気紛れで、世界の表情は全く変わってしまうだろう。

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踏切を渡り、釜石街道に戻ると、俄かに周囲の空気が現実味を帯びて来る。先程まで歩いていた場所は、夢の中の残り香のような場所だったのだろうか。