薄靄がかかる林道を下ること凡そ2時間、開けた視界の先には、光を取り戻した秋の空と、琴畑の小さな街が待っていた。
琴畑は秦氏という一族が拓いた土地で、畑仕事の合間に琴を弾いていたから琴畑と呼ぶようになったのだとか。何とも優雅な由来である。
秦氏は優れた技術者の一族でもあり、琴畑でも朱塗りの食器などの製作を手掛けていたそうだ。マヨヒガの伝説には、琴畑川を朱塗りの椀が流れて来るのを見付けた村人がその存在に気付くというくだりがあるが、マヨヒガの主ももしかしたら秦氏が枝分かれした一派の残党だったのかもしれない。
琴畑川は山を下り、一ノ渡にて小烏瀬川に合流する。その小烏瀬川も、やがて猿ヶ石川に……。
川と共に過ごす旅路は、そんな果てしない水の流れを感じることが出来、とても楽しい。
下界は黄金の絨毯に覆われ、輝く景色が果てしなく続いていた。
土淵→高室からかっぱロードに合流し、後は早瀬まで一直線。これがかなり遠いのだが、早く皆に会いたい一心でパティのペダルを力強く踏み続ける。
野崎と白望山を往復した後の身体には非常に応えるが、時折そんな俺の火照った体を冷やしてくれる秋の風が、とても心地良かった。
少しずつ、見える家が近く、多くなって来た。街を離れていたのは僅かに一日足らずだったが、とても密度が濃い時間を過ごして来たためか、凄く懐かしい。と同時に、数時間前まで人知と掛け離れたマヨヒガの霧の中にいた自分が何か夢の中の存在のような気がして、不思議と信じ難かった。
街には秋の花が咲き、これから来る冬の前の最後の美しさを競っている。
遠野では、畑の一部分を利用して花を育てる人がとても多い。灰色の季節が長いからこそ、その前後には太陽の恵みをいっぱいに感じる為であろうか。