大いなる謎を残して白望山から帰る俺だが、再びこの山に戻って来る日は遠くないだろう。何せ、俺は未だ白望山の秘密を何ひとつ解き明かせてはいないのだから。
帰りはまた断崖絶壁だ。しかも今度は下りなので、見た目以上に怖い。
相変わらず濃い霧に包まれた森には、登るときには気が付かなかった小道――と呼べる程のものでもないが――がまだまだある。
山を降りるまでは油断出来ない。さもなければ、たちどころに帰り道はわからなくなる。
欲深い人間は、迷いの森から抜け出せず、マヨヒガの主に魅入られて、帰ることは叶わない。
ただ再び遠野の皆に会うことだけを考えて、俺の足は恐る恐る山の深淵から遠ざかって行った。
今まで遠野中を巡って来たが、白望山は明らかに空気が違う。森も山も、そして霧も、生きて意志を持っているかのように、心細さと戦う俺を軽く嘲笑う。遠野の果てと呼ばれる場所の中でも、この山は特別なのである。
山頂付近では凍り付いたように凪いでいた霧が、山を下るに連れて再びざわざわと波打ち始めた。寄せては引いて、俺が無事に帰れるように導いてくれているかのように。
最後の坂を下れば、林道まで戻ることが出来る。
草に覆われた古い登山道の入り口に戻って来た。これで、帰れる……。
空は少し曇っていたが、林道まで出ると霧は嘘のように晴れてしまった。やはり白望山の霧は、俺が知る由もない大いなる意志によって、迷い込む人々を導いているのだろう。そんな気がした。
パティに跨った俺は、砂利の林道を琴畑に向けて下り始めた。