中国は”集団ストーカー文化”がある――と私は個人的に考えています。

 

つまり、workとして彼らは行動し、日本、または世界各国へと旅行しては被害者を苦痛の底へ追いやっています。その手段は「旅行」であったりするのですが、今回のcovid19において、ここまで被害が蔓延したのは根底に「中国の方の旅行」が関係あると考えられるからです。つまり、集団ストーカー=work=旅行を模擬という彼らの資金源がそこにあるのです。つまり、彼らは被害者を産むことで金銭を得て生活している”人”も時々存在するということです。
10年前は、集団ストーカーには特徴があり、白のバンが特徴であるとか、そういう話もありました。これが事実だとしたら、統合失調症の妄想とは実は云えないのです。実際は海外から来日する”何者か”が被害を起こし、統合失調症という病気を誘発するようにストレッサーをかけ、事実上の精神病を引き起こします。しかし、被害自体は”妄想ではない”のです。
先ほど、covid-19と関与しているのでは、という考えを述べたのには理由があります。

つまり、こうです。
武漢のウイルス研究所がかなり今回の台風の眼であると私は強く考えており、そこから複合ウイルス兵器、もしくはキメラウイルスが流出した。

 

今は、ワクチン反対派と賛成派に分かれている昨今ですが、元をたどれば、ヒューマンエラーの発生と人為的ミスによってアウトブレイクしたウイルスの台風が原因でもあります。しかし、今は、それらの聲を消し去るかのように台風は巨大化し回ります。

5年経った今も、次々と新しいウイルスが生じてきている、そしてそれに対抗するには自然免疫では絶望的である、という考えのもと実践されたのが、このmRNA製剤であると考えています。

しかし、この製剤も、想定外の事象であり、想定した訓練を為すことができなかった武漢、またアウトブレイクを制圧することで調整していたWHO、またはCDCなどの防疫機関もまた、想定していなかったため、mRNA製剤の研究が遅れ、この製剤の副反応などの重篤なエラーを齎してしまったと考えられます。ヒューマンエラーの二重構造だとも云えるのです。かつての、そして今の福島原発と同じ状態である、とも云えます。

もしかしたら、以下の映画のような状況が、ブカン、あるいは中国本土で起こっているのかもしれません。

 

しかし、既に市民はストーカーの課外活動に勤しんでおり、封じ込めが未完のままウイルスが諸外国に流れて行ってしまったものだと考えられるのです。だとしたら、原因は「集団ストーカー文化」が根底にあるものであり、私個人としては「確かに、これが原因で蔓延したとは当局は口が裂けても云えないだろうな……」と痛感しています。だからこそ、彼らは「隠す」手段を嵩じた。

 

反ワクチンを信じた方は、そういった”裏”の側面の意識を強く感じ取り、統合失調症の妄想のような精神症状を起こしております。そして”真実”が不解明だからこそ他者に真実を示すことを案じたり、求めたりし、そしてパニックに内心なっています。そこで陰謀論などのある程度、世界情勢の裏を解読している方に傾倒し、信じ込み、科学的な誤謬からさ迷い歩いているような方であり、攻撃的にはなっても、それは私たちが”なぜ打たなければならないのか”を社会的にも、生物的にも証明していなからに他ならないためです。そして、証明したとしても、”真実は知らせてはならないのだ”というメッセージの心まではごまかせません。
必ず――必ず今世紀の事象は後々、WHOやCDCに裏切者が出て、「当時の真実とは」と喧伝する方が出てくると予測できます。それは彼ら、世界のワクチンを主導する方々が内心”犯罪である”と認識しており、そして罪悪感を我慢できず曝露する出来事になる。

おそらく、反ワクチンの方が答えてもらいたいのが、「なぜ危険なmRNAワクチンを第1回目に投入し、そして2回目3回目とするのか」という到達する疑問点です。

私の個人的な見方に過ぎませんが、これは「中国への報復」であるのだろうな、と何となく思っています。

例えば、「コロナウイルスが存在しない」という見方がありますが、これも情報の出本である、中国の武漢が閉鎖されており、SARS2の原型である保菌者が捜索できない、といった事象が関連しているのだろうと考えています。そして、中国から開示されたデータはSARS2の”塩基配列とmRNA技術のみ”……ファイザーや他の大手製薬会社はその塩基配列のみで戦わなくてはならない。mRNAワクチン技術は中国の特許なので大事な技術部分は黒塗りをし、保菌者のデータを開示しない。つまり”コロナウイルスが存在していると証明できない”、これが「コロナウイルスが存在しない」大本なのだろうと。けれども、感染者も死者も大規模にわたり、またPCR検査も何百億回としたはずですので、存在しないわけがないのです。

また、「中国への報復」についてですが、たとえば、抗体カクテル療法やECMOなど、とても高価で、無料とは思えないほど高度な医療技術が現在提供されています。またmRNAワクチンの技術にしても、政府が買い取って、そして市民に今現在は無料提供している。本来ならば、目が跳ね上がるような高額な治療技術なわけです。私も呼吸不全の持病がありましたが、これがチャンスだと思いこの治療技術の恩恵に預からせていただきました。そして、他の国々もそうしている……ただ、mRNAワクチンの危険性を感じた国は接種を取りやめています。けれども、この”高額”の行き場や補償費はどこへ行くのか?

こんな事態を引き起こしておいて、ワクチン、反ワクチンなどという思想の分断をするように情報操作した罪の補償※1、ロックダウンや自粛、マスクという努力義務を負わせて多くの国民の精神に負担をかけた補償、mRNAワクチン技術というあやふやなまだ未解明な技術を多くの国民が打つ羽目になった補償、そして何より、SARS2の脅威に大勢の国民を巻き込んだ補償、mRNAワクチンで亡くなった方に対する補償、SARS2で亡くなった方に対する補償、それらを、一体誰が担保するのか? それはもちろん中国です。

そして、日本政府も、アメリカや他の先進国は、この”復讐の補償費狙い”でこんな事態を引き起こし、市民に「今だけは我慢してくれ」と願っている。それでも、mRNAワクチンによって急逝された方の命が戻るわけではありません。それも承知で「後でなんとかするから我慢してくれ」というメッセージを発している。それを市民が最後まで読めるわけがなく、途中で陰謀論や反ワクチンといった分かりやすい話にとびついて、自らSARS2の脅威に身を晒している。「それが市民なのだ」とご理解していただきたい。いきなり無理やり説明もなく”邪悪なるものに対する聖なる戦い”に巻き込むんじゃない、と。

”邪悪なるものに対する聖なる戦い”に巻き込まず、ワクチンを打たない、という方の健康と命を最大限尊重したうえで、ただ平和に暮らしたいだけの方に健康を保全するシステムが必要です。

※1 中国は2年前、パンデミックが始まる前から何度も情報統制を行い、周囲各国に嘘をつかせ、被害者の数値いじりを行わせたり様々な機関を誤魔化して状況を悪化させた。そして情報戦となり、市民は情報の透明性と、真相を得ることが難しくなった。そこで陰謀論者が深層に迫ろうと議論を展開した。不安と恐怖に取り残された市民は陰謀論に真正面からぶつかり感情とともに情報にのめりこんだ。それがワクチンと反ワクチンという思想を二分するという最悪の事態を招いた。

 

 

 


以前、この記事を書かせていただきました。
つまり、「当局」が隠すたびに、状況がより酷く酷くなっていった……という。

でも、今現在も中国はウイルスのパンデミックが未だに終わっておらず、けれども封じ込めにやや成功しているという見方を私はしています。中国内にいる市民の方にはお見舞い申し上げたいと思います。日本でも麻疹は1人被害者が出たあと、厚労省が”止め”たので、すごい仕事をしたなあ(偉そう)と思う次第です。ただ、今回の麻疹で終わらず、これからも中国の台風の目から封じ込めできなかったウイルスが今後また蔓延するかもしれず、各自自衛するしかないのかもしれません。

こうなったら、なぜ当局が集団ストーカーという犯罪の仕事を行うのか? をこちら側が証明する時期に来ているのだと強く考えています。

ジョンタイター氏というタイムトラベル者が有名だが、この方は別の次元からやってきた使者なのである。それは、並行世界でもありタイムトラベルである。しかしながら、私たちは並行世界もタイムトラベルも実感することはできないだろう。
私たちにとっての並行世界やタイムトラベルは、全て認識病に基づいていると考えなくてはならない。つまり、「並行世界=認識病」であると。タイムトラベルも全て認識病に基づいている。

 

 

私個人としては、タイムトラベルを私たちは知覚できないけれども、力学的には理論上可能であるらしく(井口先生の翻訳された渡辺先生の書籍なのですが)再統計化をすることで(おそらく)次元数nにおいては可逆性がある、というふうに読み取れたのですが、やはり難しい。多分読み取り方間違ってるかもしれません。

 

 

 

もし、高度次元においてタイムトラベルが可能であるのなら、”日本人が1回だけ使っていいよ”――という日が来るのなら、私は「竜馬が暗殺される前に戻って暗殺を止めてほしい」と願います

そこが日本が崩壊する運命となった分岐点なのだから――。

 

 

 

 

また、中国は多分「武漢を止めてほしい」と願うでしょう。こんな、元通りにはならなくなった世界で、未来を切り拓くためには、タイムマシンは必要だと考えます。

 

歴史の転換点として、幕末がある。日本が「歴史改変」に従属せざるを得なかった理由、また「いじめ」られなければならなかった理由は、必ず竜馬の抱いた秘密とともに存在している。

そこには徳川幕府と、必ず裏で暗躍する坂本竜馬の姿が散見される。竜馬は「裏切りの特異点」である。

日本人は強くならないといけないと強弁する一方で、裏では海外のブランドや高価なものを取引して拝金主義であったところをみると、初めから日本を海外に売り払おうとした感も否めない。

かといって、徳川幕府は自国の民をなんとも思わず、ストライキを起こしても自国民の地獄のような苦悩を理解しなかった。竜馬が特異点として生まれたのもその因果関係が成立する。

かくして、日本は海外に負け、開国と文化を押し付けられ、日本の風土とともに共生してきた歴史は転換点を告げた。

それから現代、竜馬の裏切りの足跡はまだまだ続く。

そのことから、私たちは竜馬の本当の真意を知り、到達しなければならない。

竜馬の裏切りにどんな意味が存在しているのか――なにがしかの理由が天才的な竜馬の頭脳にあるのか。

竜馬の暗殺は「脳を切られた」ことが死因であると考えらえているが、実は人間は脳を少し切られただけでは死に至らない。そのため、私は「竜馬は実は生き残っていた」説を考えている。

そして、アメリカや中国による日本いじめを容認し看過している。それは、運命とも関連しているが、竜馬はその運命を超えようとせず、むしろ「そうだ、いじめてやる」と積極的な面も存在しているようにみえる。我々日本が他国から暗にのけ者にされているような感覚を覚えさせ「経済制裁」を受けなければならない理由や、国そのものが時折国民を裏切っているように感じる瞬間、私は「裏切った」竜馬の顔を彷彿とさせるのである。

以前から竜馬は行く先行く先で、周囲の嫉妬や疑念を竜馬は買っていた。そしてそれすら彼は自慢して金持ちだ、嫉妬しなさい、と公言した。するとそれまで上級士族であった隣人はますます嫉妬の念を抱く。その”裏切り”の気持ちは陰口となり、さやかに各地へと広まっていった。今でいえば集団ストーカーの概念に近いことを竜馬はされたのだと考えられる。あの時あっていた竜馬の隣人も実は竜馬を裏切っていた、また他の手紙を出し合った人も竜馬を裏切っていた。その積み重ねが竜馬を苦しめた。金持ちになることが彼を潤した。そして他者の気持ちを考えず好き勝手をした。その”周囲”のエネルギーと竜馬の”心”が特異点となったとき――暗殺が決行された。

また、私は暗殺に加わったメンバーのうち、直接竜馬を切ったのは”浮浪者”だと考えている。竜馬を暗殺するためだけに鍛えられた暗殺者である。そのため、竜馬は隙を見せてしまった。竜馬は弱者の発する気を、友人を見てきて知っているからである。竜馬は暗殺者と会話をした――そして気を緩めた途端切られた。浮浪者であったため、証拠は残らなかった。残ったとしたら、真の暗殺を願った人々の状況と、暗殺の計画を”あえて”見逃してきた人たちにあるだろう。

そして、竜馬の「守ったのに……なんで」「日本人は私を裏切った、赦せない」といった声が歴史から闇に葬られた事象の地平面化の特異点から響く。信じていたのに暗殺された恨み””まだしたいことがあったのに突然裏切られた事実”、竜馬は自分の信念を信じ込んだ。自分が海外に日本を売り払っている裏切りの事実は存在しないかのように――。

ちょうど、これからの明治維新の大日本帝国を形作るうえで、誰が上になるか、誰が権威を得られるかでおそらくもめていた時期だ。竜馬は往復書簡でなんとか立場の取り位置を慰め、公平に能力があるものにバトンタッチしよとした。それを善く思わないものもいたのだろう。おそらくその理由で竜馬暗殺の計画を練り上げたのは、竜馬の判断から一番はじき出されやすいと判断した存在であろうと思われる。

また、竜馬の「裏切り」を善く思わないものもおそらくいたのだろう。世界の変遷で重要人物となった竜馬。彼らは、日本国土を外国に売り渡すような姿勢を見せる竜馬に目も当てられない気持ちを抱いた。竜馬はそんな普通の観念が理解できなかった。彼らに「裏切っていないんですよ」というフォローもせず、自分の思うがまま自由に行動し知覚した。竜馬の日本の国土に生きる人々に対する裏切りは、竜馬への嫉妬から侮蔑へと変わっていった。歴史に対する「必要性が本当にあるのか」を問われる存在へと竜馬は変わっていった。

それが日本の、歴史に対する裏切りになった要因であり、「竜馬暗殺」の世界線を決定した要因の一つであろうと思われる。

それが33歳という若さで暗殺される運命となった竜馬に形成された特異点であった。

――けれども、竜馬は確かに海外に日本を売り渡す姿勢を崩さなかったことから、幕府に対しての裏切りの連続だったに違いない。けれども竜馬はそれと同時に博愛主義者であり、殺人だけは禁忌のように決して行わなかった。

だからこそ、もし竜馬が裏切らなかったら、という世界線を考えるとき、そして「もし私たちが竜馬を裏切らなかったら――第1次世界大戦も、第2次世界大戦もおそらく起こらなかったであろう」と考えるのである。