数日前から、病気降板の前振りが各方面から・・
予定通り?前回同様、病気を理由に退陣。
永きに渡った安倍一強(凶?恐?狂?)総理閣下の御代の、甘利に呆気ない幕切れ。
奢る平家は久しからず・・ジャニーズ・EXILE・AKB・一強総理も然り
安倍首相 在任期間 戦後最長ー何時まで続く?この悪夢、明けない夜は無いというが・・
ご苦労様と言うより、数々の疑惑から逃げ回りながら、なぜ?史上最長政権となるまで、総理の座に居座り続けたのかと問いたい。
安倍総理、憲政史上最長の在任日数に・・モリカケ・桜を見る会、数々の疑惑を乗り越え
【憲政史上 最低最悪?疑惑だらけの安倍晋三議員が、物わかりのいい国民
(有権者の僅か25%)に支えられ?総理の座に居座った日数が憲政史上最長とは?
政治の世界は理外の理、どんなに悪さをしようと より多くの議席を取った政党を率いる者が総理に・・
しかし、いったい どんなマジックを使えば、こんな不条理な事が起こるのだろうか?
2017年総選挙=野党協力でも死に票の山:棄権層の一票で、民意は反映されるのだが・・】
Yahoo!ニュース・時事通信 8/28(金) 17:30配信
病気で首相退陣、過去に5人 大平氏は選挙中に死去
【健康問題で退陣した首相は、第1次政権時の安倍晋三氏を含めて現行憲法下で5人。
突然の辞任表明、倒れて意識が戻らぬまま死去、辞任後に体調が回復…。過去の例はさまざまだが、宰相の体調悪化は政局に大きな影響を与え、引き際で世論の批判を招くこともあった。(肩書は当時)
第1次政権の安倍首相は07年7月の参院選で大敗しながらも続投。だが、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し、同9月の臨時国会で所信表明演説を行った2日後、唐突に退陣を表明。「政権投げ出し」の批判を浴びた。】一部抜粋
朝日新聞 2020年8月28日 20時17分
【速報中】安倍首相、辞任「月曜に自分一人で判断した」
【7年半におよぶ長期政権を築いた安倍晋三首相の突然の決断――。辞任の意向を固めた安倍首相は28日午後5時から、首相官邸で記者会見を開きました。永田町などの動きをタイムラインで詳報・解説するとともに、会見の様子を動画でお届けします。
19:05
首相、私邸に戻る 軽い足取りで「お疲れさん」
安倍晋三首相は記者会見を終え、都内の私邸に戻った。自宅前で記者団が「お疲れ様でした」と声をかけると、首相は右手を上げながら「お疲れさん」。足取りは軽かった。
寸評=三輪さち子記者
力抜けた感じの会見 自身の「疑惑」はうやむやのまま
時折、沈黙し、声はかすれた。「反省する」という言葉を何度も口にした。28日午後5時から首相官邸で開かれた安倍晋三首相の記者会見。第1次政権に続き、再び任期途中で政権の座を降りる無念さがにじむ会見だった。
ただ、森友・加計学園の問題、桜を見る会の問題など、首相自身や妻の昭恵氏をめぐる疑惑について、最後まで真摯(しんし)な説明はなかった。「説明ぶりに反省すべき点はあるかもしれないが、(政権を)私物化したことはない」。そう答える様子は、繰り返される質問に対してうんざりするような表情にも見えた。
異例の長期政権の「負の遺産」として、公文書改ざん問題や官僚たちの過剰な忖度(そんたく)が指摘されてきた。この日の会見でも、財務省の公文書改ざんをめぐって十分な説明責任を果たしたのかを問う質問が、記者団からあった。首相は「国会で長時間、答弁した。十分かどうかは国民が判断するのだろう」と語るにとどめた。
「負の遺産」とされる部分が次の政権に引き継がれることのないよう、首相にはもう少し真正面から受け止め、答えてほしかった。政権の重圧から放たれて力の抜けた感じの記者会見で、外交・安全保障や憲法改正など様々な質問に答えた首相だったが、肝心の「疑惑」に対しては最後までうやむやなままだったように思える。
寸評=斉藤太郎記者
アベノミクスは、コロナは、次の政権は? 疑問は払拭できず
体調が持たないとなれば、辞任も仕方がないだろう。ましてや大きな責任を背負う一国の首相だ。
「病気と治療を抱え、大切な政治判断を誤ってはならない」「任期途中なので批判は甘んじて受けければならない」――。28日午後5時から開かれた安倍晋三首相の記者会見の様子をみていて、気の毒に思えた。
一方で、「自分勝手な投げ出し」との批判も逃れられないのではないか、とも感じた。看板政策「アベノミクス」による金融緩和策の「出口戦略」はどうなるのか。新型コロナウイルス対策はどうするのか。そして、それら国民の生活を左右する重要政策を担い、次の政権を率いていく政治家たちはそもそも育っているのか。
記者会見では、そうした疑問が払拭(ふっしょく)できなかった。
首相は在任中、民主党政権を「悪夢のよう」と批判しながら、自らの経済政策の成果を誇るばかりだった。副総理、官房長官、幹事長といった権力の中枢は限られた側近やベテランに担わせ続け、「後継者は育てるものではなくて育ってくるものだ」と言い切ったこともあった。
7年半を超す戦後最長の政権を担った宰相だけに、後継を育成する時間はあったはずだ。「次」に向けた責任感がもう少し、あってもよかった。後任の政権運営が混乱すれば、首相自身に「元凶」として批判の矛先が向けられることは免れられないかもしれない。
17:50
辞任は月曜日に「自分一人で判断した」
安倍晋三首相は記者会見で、辞任を決断後、表明会見が今日に至った経緯と理由について明らかにした。首相は「月曜日にそういう(辞任の)判断をした。秋から冬に向けてのコロナ対策のとりまとめをしなければならない。そして実行のめどを立てる、それが今日の日となった」と説明した。
首相の言う「月曜日」とは、今月2度目となった慶応大病院通院の日だ。それから4日後の今日、政権幹部らに辞意を伝え、記者会見して正式表明した。
では、この間、辞任について誰かに相談したのだろうか。この点を問われた首相は、こう答えた。「これは私自身、自分一人で判断をした」
17:40
憲法改正「残念ながら世論が十分に盛り上がらなかった」
異例の長期政権を実現した安倍晋三首相だが、悲願の憲法改正は実現できなかった。記者会見でこのことについて問われた首相は、次のように述べて悔しさをにじませた。
「残念ながら、まだ国民的な世論が十分に盛り上がらなかったのは事実であり、それなしには(改憲は)進めることが出来ないのだろうと改めて痛感している」
そのうえで、首相は「国会議員も国会でお互いに案をぶつあって議論しなければ、どうしても国民的な議論は広がらない。国会議員としてその責(せき)を果たすように、私も一議員としてこれからがんばっていきたい」と発言。首相の座を降りた後、国会議員として憲法改正に引き続き取り組んでいくことへの意欲を示した。
17:20
政権のレガシー「国民の皆様が判断」 東北復興や三本の矢などに言及
安倍晋三首相は記者会見で、政権の「レガシー(遺産)」について問われた。首相は「これは国民の皆様がご判断いただけるのかなと。歴史が判断していくのかなと思う」と述べた上で、まず東北の復興を挙げた。さらに、「20年続いたデフレに三本の矢で挑み、400万人を超える雇用をつくりだすことができた」と、アベノミクスに代表される自身の経済政策に言及した。
外交安全保障では、集団的自衛権の行使を可能とした安全保障法制を例に挙げた。「これもすべて国政選挙の度に力強い信任を与えていただいた国民の皆様のおかげで、心から感謝申し上げたい」と述べた。
一方、北朝鮮による日本人拉致問題や日ロ平和条約交渉、憲法改正など残された課題については「自民党として全力で取り組んでいくことをお約束している課題。次の新たな強力な体制で取り組んでいただくことを期待する」と語るにとどめた。
17:15
辞任の判断時期「今週の診察を受けた際に」
安倍晋三首相は記者会見で、辞任を判断した時期について、「先週と今週、検査を受け、今週の診察を受けた際に判断した。月曜日に」と説明。今月2度目となった24日の慶応大学病院通院が判断の決め手だったと明らかにした。また、「政権投げ出しとの批判への説明は」との記者からの質問に対しては「まさに任期途中なので、批判は甘んじて受けなければならないと思っている」と応じた。
首相は「治療を続けながら(首相を続ける)、ということも考えながらやってきた。しかし、9月に(自民党役員らの)人事があり、国会を開会していく中、継続的に間違いなく(体調が)良くなっていく保証がない」と説明。「コロナ禍の中で政治的空白を生み出さないようにする上において、このタイミングで辞任するしかないと判断した」と語った。
17:15
「コロナ禍に職を辞すること、国民の皆様におわび」
安倍晋三首相は記者会見で、辞任することを決めたタイミングについて説明した。新型コロナウイルス対策に関して、「冬を見据え、実施すべき対応策をとりまとめることができたことから、新体制に移行するのであればこのタイミングしかないと判断した」と述べた。
首相はまた、「コロナ禍の中、職を辞することとなったことについて、国民の皆さまに心よりおわびを申し上げます」と頭を下げた。】一部抜粋
予定通り?前回同様、病気を理由に退陣。
永きに渡った安倍一強(凶?恐?狂?)総理閣下の御代の、甘利に呆気ない幕切れ。
奢る平家は久しからず・・ジャニーズ・EXILE・AKB・一強総理も然り
安倍首相 在任期間 戦後最長ー何時まで続く?この悪夢、明けない夜は無いというが・・
ご苦労様と言うより、数々の疑惑から逃げ回りながら、なぜ?史上最長政権となるまで、総理の座に居座り続けたのかと問いたい。
安倍総理、憲政史上最長の在任日数に・・モリカケ・桜を見る会、数々の疑惑を乗り越え
【憲政史上 最低最悪?疑惑だらけの安倍晋三議員が、物わかりのいい国民
(有権者の僅か25%)に支えられ?総理の座に居座った日数が憲政史上最長とは?
政治の世界は理外の理、どんなに悪さをしようと より多くの議席を取った政党を率いる者が総理に・・
しかし、いったい どんなマジックを使えば、こんな不条理な事が起こるのだろうか?
2017年総選挙=野党協力でも死に票の山:棄権層の一票で、民意は反映されるのだが・・】
Yahoo!ニュース・時事通信 8/28(金) 17:30配信
病気で首相退陣、過去に5人 大平氏は選挙中に死去
【健康問題で退陣した首相は、第1次政権時の安倍晋三氏を含めて現行憲法下で5人。
突然の辞任表明、倒れて意識が戻らぬまま死去、辞任後に体調が回復…。過去の例はさまざまだが、宰相の体調悪化は政局に大きな影響を与え、引き際で世論の批判を招くこともあった。(肩書は当時)
第1次政権の安倍首相は07年7月の参院選で大敗しながらも続投。だが、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し、同9月の臨時国会で所信表明演説を行った2日後、唐突に退陣を表明。「政権投げ出し」の批判を浴びた。】一部抜粋
朝日新聞 2020年8月28日 20時17分
【速報中】安倍首相、辞任「月曜に自分一人で判断した」
【7年半におよぶ長期政権を築いた安倍晋三首相の突然の決断――。辞任の意向を固めた安倍首相は28日午後5時から、首相官邸で記者会見を開きました。永田町などの動きをタイムラインで詳報・解説するとともに、会見の様子を動画でお届けします。
19:05
首相、私邸に戻る 軽い足取りで「お疲れさん」
安倍晋三首相は記者会見を終え、都内の私邸に戻った。自宅前で記者団が「お疲れ様でした」と声をかけると、首相は右手を上げながら「お疲れさん」。足取りは軽かった。
寸評=三輪さち子記者
力抜けた感じの会見 自身の「疑惑」はうやむやのまま
時折、沈黙し、声はかすれた。「反省する」という言葉を何度も口にした。28日午後5時から首相官邸で開かれた安倍晋三首相の記者会見。第1次政権に続き、再び任期途中で政権の座を降りる無念さがにじむ会見だった。
ただ、森友・加計学園の問題、桜を見る会の問題など、首相自身や妻の昭恵氏をめぐる疑惑について、最後まで真摯(しんし)な説明はなかった。「説明ぶりに反省すべき点はあるかもしれないが、(政権を)私物化したことはない」。そう答える様子は、繰り返される質問に対してうんざりするような表情にも見えた。
異例の長期政権の「負の遺産」として、公文書改ざん問題や官僚たちの過剰な忖度(そんたく)が指摘されてきた。この日の会見でも、財務省の公文書改ざんをめぐって十分な説明責任を果たしたのかを問う質問が、記者団からあった。首相は「国会で長時間、答弁した。十分かどうかは国民が判断するのだろう」と語るにとどめた。
「負の遺産」とされる部分が次の政権に引き継がれることのないよう、首相にはもう少し真正面から受け止め、答えてほしかった。政権の重圧から放たれて力の抜けた感じの記者会見で、外交・安全保障や憲法改正など様々な質問に答えた首相だったが、肝心の「疑惑」に対しては最後までうやむやなままだったように思える。
寸評=斉藤太郎記者
アベノミクスは、コロナは、次の政権は? 疑問は払拭できず
体調が持たないとなれば、辞任も仕方がないだろう。ましてや大きな責任を背負う一国の首相だ。
「病気と治療を抱え、大切な政治判断を誤ってはならない」「任期途中なので批判は甘んじて受けければならない」――。28日午後5時から開かれた安倍晋三首相の記者会見の様子をみていて、気の毒に思えた。
一方で、「自分勝手な投げ出し」との批判も逃れられないのではないか、とも感じた。看板政策「アベノミクス」による金融緩和策の「出口戦略」はどうなるのか。新型コロナウイルス対策はどうするのか。そして、それら国民の生活を左右する重要政策を担い、次の政権を率いていく政治家たちはそもそも育っているのか。
記者会見では、そうした疑問が払拭(ふっしょく)できなかった。
首相は在任中、民主党政権を「悪夢のよう」と批判しながら、自らの経済政策の成果を誇るばかりだった。副総理、官房長官、幹事長といった権力の中枢は限られた側近やベテランに担わせ続け、「後継者は育てるものではなくて育ってくるものだ」と言い切ったこともあった。
7年半を超す戦後最長の政権を担った宰相だけに、後継を育成する時間はあったはずだ。「次」に向けた責任感がもう少し、あってもよかった。後任の政権運営が混乱すれば、首相自身に「元凶」として批判の矛先が向けられることは免れられないかもしれない。
17:50
辞任は月曜日に「自分一人で判断した」
安倍晋三首相は記者会見で、辞任を決断後、表明会見が今日に至った経緯と理由について明らかにした。首相は「月曜日にそういう(辞任の)判断をした。秋から冬に向けてのコロナ対策のとりまとめをしなければならない。そして実行のめどを立てる、それが今日の日となった」と説明した。
首相の言う「月曜日」とは、今月2度目となった慶応大病院通院の日だ。それから4日後の今日、政権幹部らに辞意を伝え、記者会見して正式表明した。
では、この間、辞任について誰かに相談したのだろうか。この点を問われた首相は、こう答えた。「これは私自身、自分一人で判断をした」
17:40
憲法改正「残念ながら世論が十分に盛り上がらなかった」
異例の長期政権を実現した安倍晋三首相だが、悲願の憲法改正は実現できなかった。記者会見でこのことについて問われた首相は、次のように述べて悔しさをにじませた。
「残念ながら、まだ国民的な世論が十分に盛り上がらなかったのは事実であり、それなしには(改憲は)進めることが出来ないのだろうと改めて痛感している」
そのうえで、首相は「国会議員も国会でお互いに案をぶつあって議論しなければ、どうしても国民的な議論は広がらない。国会議員としてその責(せき)を果たすように、私も一議員としてこれからがんばっていきたい」と発言。首相の座を降りた後、国会議員として憲法改正に引き続き取り組んでいくことへの意欲を示した。
17:20
政権のレガシー「国民の皆様が判断」 東北復興や三本の矢などに言及
安倍晋三首相は記者会見で、政権の「レガシー(遺産)」について問われた。首相は「これは国民の皆様がご判断いただけるのかなと。歴史が判断していくのかなと思う」と述べた上で、まず東北の復興を挙げた。さらに、「20年続いたデフレに三本の矢で挑み、400万人を超える雇用をつくりだすことができた」と、アベノミクスに代表される自身の経済政策に言及した。
外交安全保障では、集団的自衛権の行使を可能とした安全保障法制を例に挙げた。「これもすべて国政選挙の度に力強い信任を与えていただいた国民の皆様のおかげで、心から感謝申し上げたい」と述べた。
一方、北朝鮮による日本人拉致問題や日ロ平和条約交渉、憲法改正など残された課題については「自民党として全力で取り組んでいくことをお約束している課題。次の新たな強力な体制で取り組んでいただくことを期待する」と語るにとどめた。
17:15
辞任の判断時期「今週の診察を受けた際に」
安倍晋三首相は記者会見で、辞任を判断した時期について、「先週と今週、検査を受け、今週の診察を受けた際に判断した。月曜日に」と説明。今月2度目となった24日の慶応大学病院通院が判断の決め手だったと明らかにした。また、「政権投げ出しとの批判への説明は」との記者からの質問に対しては「まさに任期途中なので、批判は甘んじて受けなければならないと思っている」と応じた。
首相は「治療を続けながら(首相を続ける)、ということも考えながらやってきた。しかし、9月に(自民党役員らの)人事があり、国会を開会していく中、継続的に間違いなく(体調が)良くなっていく保証がない」と説明。「コロナ禍の中で政治的空白を生み出さないようにする上において、このタイミングで辞任するしかないと判断した」と語った。
17:15
「コロナ禍に職を辞すること、国民の皆様におわび」
安倍晋三首相は記者会見で、辞任することを決めたタイミングについて説明した。新型コロナウイルス対策に関して、「冬を見据え、実施すべき対応策をとりまとめることができたことから、新体制に移行するのであればこのタイミングしかないと判断した」と述べた。
首相はまた、「コロナ禍の中、職を辞することとなったことについて、国民の皆さまに心よりおわびを申し上げます」と頭を下げた。】一部抜粋