原発はもともと、原爆の原料・プルトニウムを製造するための工場。
それゆえ、高コストで危険極まりない原発が、地震大国日本に54基も造られ、
その挙句 福島原発事故を起こしても、安倍自民党を中心とした原子力ムラは永久に不滅??
※ 日本は潜在的核大国だった!?長崎型原爆5万発分のプルトニウムを保有。
  「安全神話」も「低コスト神話」も嘘! 国が電力会社支援「価格保証」案

 原子力という大量破壊兵器は諸刃の刃、潜在的核抑止力のため?の原発は、敵国には格好の標的、
タダで原爆を敵国にプレゼントしたようなもの、愚かとしか言いようがないが・・
※ 原発は格好の標的、たった一発で日本壊滅!愚か過ぎる「潜在的核抑止力論」

 そんな愚かな原子力ムラ政権を圧勝させてしまったのは 更に愚かな日本国民、
原子力ムラが滅びるのが早いか? 日本が滅びるのが早いか?
※ 原子力ムラ政権の原発維持政策 目を疑う非論理的記述

 日本の原子力発電とCIAの関係
【 戦後史の暗部の一つ、原発導入とCIA、日本のメディア王・正力松太郎氏との後ろ暗い関係。

 正力松太郎氏の存在がなければ、原発の導入がこんなにスムーズに進む事もなく、原発安全神話も生まれず、引いては、福島原発の大事故も未然に想定され、被害を最小限に抑えることが出来たかも知れない。】

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~1/3

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~2/3

原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略~3/3


関連記事 大量破壊自爆装置・原発と、大量破壊兵器・原爆のダブルスタンダード
       原発の真実 『ウソの首謀者は自民党政権』だった?!
       原発=「核オプション」は未来のための保険??未来を危うくする脅威??

原子力の平和利用は、そもそも可能であったか?-アイゼンハワーの国連総会に於ける演説、Atoms for Peace 再考 Add Starortica
【原子力の平和利用は、アイゼンハワー大統領の国連総会での演説、Atoms for Peace に始まるというのが通説になっている。



たしかに、ソビエト連邦が核武装し、核兵器の開発競争によって人類が、はじめて自己自身を絶滅させる可能性に直面した事実の重さが、この演説の背景にあった。この演説によって、第二次世界大戦の戦勝国、とくに英米仏を中心として、原子力の平和利用を目指す国際原子力機関IAEAが1957年に設立された。IAEAは福島原発以降一般の日本人にもおなじみとなったが、元来は、核の軍事利用を制限し、核査察を行うことを使命としている国際組織である。

  中   略

原発は平和のための道具ではなく、戦争のための道具であり、平時に於いては住民の「不安」の源であることを明記すべきであろう。原発推進派、あるいは原発維持派は次の諸点を考慮して貰いたいものだ。

①原子炉は長崎原爆を開発するために製造されたのが始まりであり、一国が原子力プラントを有つということは、その国に原爆を製造する技術が完成していることを意味している。北朝鮮の核査察が大問題となったが、事の発端は、北朝鮮が原子炉を使って少量のプルトニウムを製造したことであった。イスラエルが中東戦争の時に、アラブ側の製造中の原子炉を破壊したことも記憶に新しい。

② 原子炉は高レベルの放射性廃物を大量に産み出すが、その処分に関する有効な方策もなければ、処分場の場所も確保されているとは言いがたい。とくにプルトニウムのように半減期の長大なものを大量に産み出す原発の廃物処分は、我々の子孫に巨大な負の遺産を残す。

③ ウランの資源は有限であり、エネルギー換算しても、石炭や石油には遙かに及ばない希少資源である。ウラン238をプルトニウムに核変換して再利用する核燃料リサイクルの計画、とくに高速増殖炉の建設は現在では日本だけが膨大な経費をかけて研究したものの、ナトリウムを冷却剤として使うことに伴う技術上の難問が解決せず、挫折してしまった。MOX燃料によるリサイクルは経済的には外貨の無駄遣いであり、ウラン燃料の枯渇を僅かに先延ばしにするに過ぎぬ程度のリサイクルに過ぎない。そして、廃物として処理すべきプルトニウムの危険性は言うまでもない。

④ 原発のコストは、安全基準の高まりに伴う建設費の高騰、廃炉にかかる期間の長大さ、事故時の補償の天文学的な数字を考慮すれば、とんでもない高額なものとなり,経済的に採算がとれなくなる。

⑤ 原発が炭酸ガスを出さぬが故に、環境問題に寄与するという説は、たちの悪い神話である。放射性廃棄物の危険性は、温暖化ガスの排出などとは比較にならぬ。また,原発による発電には、ウランの採掘、精錬、濃縮、使用済み燃料の再処理などに膨大な化石エネルギーを使うのであるから、その過程で温室効果ガスを排出する。また発電時に於てさえ、一級河川の流量に匹敵する温排水を大量に海に流すわけであり、海の生態系をみだすと同時に、海水を暖めることによって直接に、そして海から二酸化炭素を放出させることによって間接的に、地球の温暖化に寄与しているのである。

このように、経済的にも割が合わず、我々の子孫に負の遺産のみを残す原発をなぜ廃止しないのであろうか。そこには、「核という幻想」への執着がある。1960年代に動き始めた「国策」の罠にはまった日本人の共同幻想にほかならぬ原発神話からの一刻も早い離脱を求める所以である。】