習慣化コンサルタントの古川です。
習慣は継続性のある行動です。
毎日の中に良い行動習慣を盛り込むことは
好循環の生活を生み出します。
朝から片づけ、運動、瞑想、英語の勉強
帰ったら読書、日記など。。。。
これら、もはや儀式と呼べるのではないでしょうか?
儀式とは、
一定の形式、ルールに基づいて人間が行う、
日常生活での行為とは異なる特別な行為。
と定義されています。
習慣とは、まさに一定の形式、ルールに基づいて
行う日常的な行動です。
1つ1つの行動が儀式のように、
緊張感を持って目的性を持ち、
しっかり順番にこだわって守らなく行う。
始める時間、終わる時間をしっかりと提起してやるのが
儀式だとすると、
生活習慣を最高のものにする習慣は、
この儀式と全く同じ発想です。
儀式として盛り込まれた行動は、プログラム化されて
漏れていくことはありません。
習慣1つ1つは、流れやすく、衝動的な感情に振り回されてしまうもの。
だから、がっちり儀式にしてしまった方が、
ある意味楽だ!
と私は考えます。
これが最近、流動的になってきました。
1−3月は研究期間であり、深く深く自分のテーマを掘り下げている
関係で、朝の時間の使い方を以前とは変更しました。
執筆にトップスピードで入れるよう、
瞑想のみを朝の儀式として残し、あとは全てなし。
片づけ、ウォーキング、読書などは後回しするのです。
この時期の最大のパフォーマンスはいかに
早く高い創造力で本が書けるかです。
そのためには生活習慣も、執筆のパフォーマンスが上がるように
組み替えなくてはなりません。
確かに執筆は進むようになりました。
また、メールは夜16時までは一切見ないという
方針を貫いています。
どうしても緊急の場合は電話でくるのですが、
基本メールは見ない。
そうすると、創作の時間である1日が本当にゆっくりゆっくり
静かに流れていくのです。
もちろん、この儀式には成功しても、
片づけがおそろかになると、環境が悪くなります。
読書が後回しになるとなんとも達成感がないフラストレーションを
感じます。
こうやって崩れた生活リズムを最高に戻すために日々、
パッチワークをしているわけです。
理想の1日は、変わるものだから、
メンテナンスをお忘れなく!
収まり場所のない習慣達は
累積してどんどんあなたの環境や
精神を落としていきます。