「開幕前」を反抗の免罪符にするな | 欧州野球狂の詩

欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

 来月10日と11日に東京ドームで開催される日欧野球。個人的に夢だったこの試合の実現があと2週間に迫っていると思うと、非常に気持ちが高まってくる。ベースボールブリッジの方の観戦イベントにも皆さんから少なくない数の応募をいただき、非常に感謝しているところだ。当日は是非一緒に大いに盛り上がりましょう。皆さんありがとうございます。


 しかしながら、依然としてネット上ではこの試合についての懐疑的な声が聞かれることもまた事実だ。特にNPBファンからは、開幕直前の大事な時期に強化試合を実施することについて否定的な意見が挙がることも珍しくない。そもそも、国際試合そのものに対してネガティブな考えを持っている人も、反対論者の中には少なからずいるようだ。


 確かに、「WBCのような公式な大会でもないのに、大事なシーズンが始まる直前にガチの試合をやらなきゃいけないなんて」と思う気持ちは、立場的に賛同はしないものの100%分からないではない。過去3度のWBCでも、シーズン開幕後に調子を崩してしまった選手は少なからず存在することも、否定しようがない事実ではある。贔屓の球団や選手がシーズンで活躍する姿を見たいと思うのは、ファンとしては当然の心理だろうしそれを否定するのは極めて困難だろう。選手の年俸を払っているのは球団だという論理も確かにその通りだ。


 しかしそれらを理由として、今回の日欧野球を「取るに足らない試合」どころか「邪魔者」扱いするような風潮があるというのは、俺は違うと思う。遠路はるばるやってくる欧州代表の選手たちに対するリスペクトを欠いた発言も散見されるので、ここで一つそうした声に対して改めて反論してみたい。今回は末端ながらも運営側にも一枚噛んでいる立場ということもあって、あまりむやみに刺激するようなことはできれば言いたくはないんだけど、それでもどうしても言わずにはおれなかったということで理解してもらえればありがたい。


 まずコンディション調整へのリスクについて。一昨年の巨人・井端の例などを見ても、開幕前に「活躍しすぎた」選手がシーズンに入ったとたんガス欠を起こす事例は、繰り返しになるがいくつも存在するのは事実だ。だから、普段の調整のルーティンが変則的になることにアレルギーを持つファンが少なからずいることはやむを得ないかもしれない。しかしよく考えてみてほしい。日欧野球開催の為に変則的な調整のスケジューリングを強いられるのは、何も日本側だけの事情じゃない。欧州側も全く同じなんだ。


 日本のプロ野球選手にNPBでの戦いがあるのと同じように、欧州諸国の選手たちにもそれぞれの国内リーグ、あるいは大小の国際大会での戦いがある。形態としてはセミプロで、事業規模からしてもNPBとは比較にならないかもしれないが、それでも選手たちが球団から給料をもらってプレーしていること、そしてとても大きなモチベーションをもってシーズンでの戦いに臨んでいることには、日欧とも何ら変わりはない。しかも、欧州代表の選手たちは片道10時間以上のフライトをこなして来日して、さらに時差調整も行わなければならないんだから、むしろ相対的に見れば日本側以上にハードと言ってもいいくらいだ。


 さらにいえば、無理を強いられているのは代表に選ばれた選手たちだけじゃない。代表に呼ばれなかった選手たちや彼らが所属する球団、そしてリーグ側にも多大な影響が及んでいる。今年、スペイン1部リーグのディビシオン・デ・オナーと、フランス1部リーグのディビジョン1は揃って、例年なら3月半ばに設定されるリーグ開幕日を3月29日とした。日欧野球のスケジューリングを勘案すると、普段と同じ時期に試合を始めるのは不可能だと判断したわけだ。


 野球以外の部分にも影響は出てくる。代表選手たちが普段勤めている「野球以外の」職場に対してだ。ヨーロッパの選手たちは普段、日本の社会人選手と同じように他に仕事を持ち、その合間を縫って練習や試合に臨むことが一般的になっている。例年ならヨーロッパにいる時期に、社業とは異なる野球をするために日本に行くということになれば、当然その間の人のやりくりは会社としては考えなければならない。欧州代表の滞在期間は1週間+@程度だが、それくらいの期間でも人が欠ければ相応の対策を強いられるのは、社会人をやられている皆さんならお分かりの物だろう。色々なところに負担やしわ寄せを強いたうえ、そこまでやりながら2試合ともフルボッコにされるだけで終わるというリスクも想定しながらも、それでも「世界の中での立ち位置を知る絶好の機会」とやってきてくれるのが今回の欧州代表なわけだ。


 翻って日本側はどうか?確かにキャンプやオープン戦を途中で抜けなければならず、またそれまでよりもギアを一段階あげなければならないという不便さはあるが、それでもシーズンそのものの日程が変わるわけではないし、専業のプロ選手なのだから野球以外の業界に迷惑がかかることもない。ホームで迎え撃つ側ということで、10時間以上のフライトも時差調整ももちろん必要ない。既にオープン戦が始まっている期間中に、東京に集まって代表ユニフォームを着て2試合こなすだけと考えれば、欧州側と比べて圧倒的に有利だし楽な立場であることは言うまでもないだろう。これを見てなお「故障ガー」「調整ガー」と騒ぎ立てるのは、言いたくはないがはっきり言って甘えだと言われても仕方がないよ。


 日欧野球に反対する方々の声からは、「こんな大事な時期に、どこの馬の骨ともわからない連中とやらせやがって」というどこか見下した態度も透けて見える。「せめて相手が欧州じゃなくキューバ相手ならよかったのに」というような意見にも、根本的にはそういう感情があるんじゃないか。でもそれは野球云々以前に、遠くから自分たちをリスペクトしてやってきてくれる客人に対する態度としては極めて不適切だし、また無礼だと言わざるを得ない。


 「キューバが来てくれればよかったのに」と言うのは外交で例えるなら、「アメリカのオバマ大統領やドイツのメルケル首相は相手が大国だから歓迎するが、ヨルダンのアブドラ国王やブータンのワンチュク国王は大して有名でもない国からの客だから丁寧にもてなさなくていい」と言っているようなものじゃないのか?でもそうじゃないだろうよ。たとえ相手がどんなところから来ていようと、こちらに敬意を持ってくれている以上自分たちもそれにしっかり応えなければならないのは、野球云々に関係なく人として当たり前の話だ。


 参考までに言っておくと、ヨルダンとブータンはどちらも日本にとって長年の友好国であり、ヨルダンは我が国にとっての永遠の課題であるエネルギー供給の問題を解決するうえで重要な中東の要衝(ヨルダン自身は産油国ではないものの、他のアラブ諸国との関係を取り持つ意味では欠くべからざる存在だ)。ブータンは国連では常に日本と立場を同じくし、常任理事国入りの為の投票などでも必ず日本に入れてくれている大切なパートナー。失礼を承知で敢えて具体例として挙げたのは、彼らが(例え超大国ではなくとも)日本にとって戦略的にも重要な存在であるからだ。


 そして話を野球に戻せば、日本球界にとっての欧州球界も将来的にそういった重要な存在になりうる。今は欧州側も実力をかつてないほど伸ばしており、今回も欧州代表としてプレーする予定であるリック・バンデンハーク(ソフトバンク)やアレックス・マエストリ(オリックス)のように、日本でも即戦力として期待される選手をも生み出せるまでになってきた(彼らがどちらも欧州生まれ欧州育ちの選手であることを忘れてはならない)。現役代表選手の中にも日本でプレーする機会を狙っている選手は数多く、今後ヨーロッパがアメリカ大陸と東アジアに続く新たな選手供給源になる可能性は十分ある。だからこそ今回を機にしっかりとつながりを作っておくことは大切なんだ。


 そして強化試合という側面だけを見ても、「個々の額面だけ見れば格下(個人的にあまりこういう表現は使いたくないが)ながら、気を抜けば一発かまされる怖さがある」相手と戦う経験を積んでおくことは、本番たるWBCに対する備えという意味でも非常に重要だ。ヨーロッパには日本の打者が苦手とする球を手元で動かす投手も多く、一発勝負で攻略するのは言うほど簡単な芸当ではない。無論相手をなめてかかるほど傲慢な侍ジャパンの選手たちではないけれど、それでも相手のこの試合に向けてのモチベーションや、来日後に時間をかけて調整してくることも考慮すると簡単な試合にはならないだろう。


 だからこそ、日本側は遠くからやってきてくれる彼らに正面から向き合い、しっかりと迎え撃たなければならない。それは選手たちだけでなく、俺たちファンも同じだと思う。3月10日と11日、東京ドームの試合はヨーロッパ大陸中に生中継される。その時にスタンドがどれだけ埋まっているかは、そのままメッセージとして向こうの人々にも伝わるんだ。たとえガラガラだったとして、「対戦カードが悪いから」なんて言い訳は通らない。だから皆、3月10日と11日に予定が空いている人は東京ドームに行こう。そして両チームに熱い声援を送ろうじゃないか(もちろんベースボールブリッジのイベントに参加してくれるなら最高に嬉しいけれど、この際そこにはこだわらない)。俺たちが世界中の何よりも誇りに思う「世界ランキング1位の日本野球」が、まだ野球自体に明るくない人々から「なんだ、こんなものなのか」なんて思われないように。