【桑田和子のやりすぎ人生】言語編、続きます。

 

 

 

前回、韓国語が浮かんできて

人間が言語を自然に覚え話していく仕組みの入り口を体験した話を書きました。

 

 

その後

楽しく国際交流をしたり、多様な言語を聞いて真似、自分の言葉としても話してみるということを続けているうちに

 

二語文だったのが、もう少し増えていったり

韓国語以外の言葉も、少しずつわかるようになってきました。

 

 

 

 

そんな中で、ある日、ロシアにホームステイに行った男性の体験談を聞く機会がありました。

 

 

昼間に日本語で聞いていた同じ内容を、夜にロシア語で聞き、帰る車の中で

 

頭の中をロシア語が渦巻くのです。

 

 

それは、まとまったフレーズというよりも

 

フクースナ! ハラッショー! オーチンラーダ!

バイショーエ! ホーランドナ! スパシーバ

パジャールスタ パイジョン! ヤハチュー

 

 

といったロシア語のカケラが何の脈絡もなく、浮かんでは消え、浮かんでは消えていくのです。

 

 

その頃の私は、ロシア語をほとんど理解できず

ただ、ロシアにホームステイに行った人達が一様に楽しそうで

 

その楽しそうな笑顔と、皆さんが口にしていたロシア語のフレーズのカケラが身体中を駆け巡るような感覚でした。

 

 

ふだんからロシア語も家で流してはいたので

音は私の中にあったのでしょう。

 

 

 

 

そして次の日の朝

 

 

バケツに水を汲んでいる時に

 

トラバハンド トラバハンド

 

という音が浮かんできて

 

瞬間、前夜にロシア語で話していた男性の映像が浮かび

 

ラボータと言っていたのを思い出しました。

 

 

 

説明をしますと

 

男性はロシアで

ヨーク?ヨーク?と聞かれ

ヨークというのは英語のWorkだったという話を(ロシア語で)していた時に

このラボータという音を発していたんです。

 

 

そして

トラバハンド トラバハンド

 

というのは、スペイン語の「働いて、働いて」という意味で

音声ドラマのアメリカ移民の苦労話の中に出てくるフレーズ。

 

 

 

「バケツで水を汲む」という自身の行為が引き金になって

 

ラボータ

トラバハンド

 

というロシア語とスペイン語の音が芋づる式に出てきたのでした。

 

 

これらの言葉は、私の脳内で

 

働く=○○

 

のように同じ意味の単語として整理して引き出しにストックされていたわけではありません。

 

 

 

この体験を通して

 

人間は音声言語を

音とイメージの組み合わせとして認識しているのかもしれない

 

そして、同じような場面(イメージ)では

紐付けされた音が引き出されるのではないか

 

 

と考えるようになりました。

 

 

 

 

 

時間(音)と空間(イメージ)の融合体

 

時空ゲシュタルトです。

 

 

 

音とイメージは言語別にストックされているわけではなく

インターネットのように、無数のつながりで紐付けされて脳内に記憶されているのだと実感しました。

 

 

そのつながりは、その人が今まで生きてくる中で触れてきた全てのものによって作られているのでしょう。

 

 

 

例えば

 

ハナ(「ハ」にアクセント)

という音を聞いた時

 

韓国語を理解する人は、数字の1をイメージするでしょうし

大阪弁を理解する人は、花をイメージするでしょう。

 

そういう名前の知り合いがいたならば、その人を思い出すかもしれません。

 

 

 

人間にとって

ことばとはその人が生きてきた人生でできている

 

誰とつながり、どんな経験をし、何を見て、聞いて、感じてきたのか

 

 

単語カードや、教科書にはない

膨大な量の情報が、たった1つの単語やフレーズにさえも入っているのです。

 

 

 

 

機能的なイレギュラーがなければ

 

人間は自然に言葉を話せるようになる

 

赤ちゃんが、自然に立ち上がり、歩き始めるように

とても当たり前のこと。

 

 

 

それを日本語学校では

 

右足に重心をかけて、同時に左足を浮かせ

前に出して、次に・・・

 

と教えるわけです。

 

 

もちろん、生徒たちは外国語としての日本語が必要で来ているわけですから

それで構わないのかもしれませんが

 

 

どんな素晴らしい教授法を持ってしても

必ず一定割合で、どうしても上達しない人がいるのです。

 

その人達も母語は当たり前ですが、何不自由なく話せます。

 

 

 

外国語として言語を教え、成績をつけるということは

 

人間としての元々もつ力を否定し

あなたは人間としてできています

あなたは今一歩ですね

 

 

という無意味なことをしているように思えて

日本語教師を辞めることにしました。

 

 

 

私が知りたいのは

人間の言語の本質であり

スキルとしての外国語の習得法ではなかったのです。

 

 

 

言語編に入って、5話〜9話まで進みました。

 

 

この間5〜6年ですが、人生としては

結婚・出産・就職・引越し(東京から大阪へ)・転職・離婚・引越し・再婚・引越し・出産をしてました(笑)

で、退職ですね。

 

日本語授業の教案作り、保育所の送り迎え、保護者会の役員、行事。

もちろん家で映画も観続けてたので・・・

一体、いつ寝てたんでしょうねにゃ

 

自分が謎。。。

 

 

 

つづく

 

 


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桑田和子のやりすぎ人生
1 プロローグ
2 感情から始まる
3 観察する
4 空気も石も私も同じ
5 外国語としての言語習得

6 理論としてはもっともだ

7 ブラックボックスに入ってみる

8 韓国語が浮かんでくる

9 言葉は時間と空間から(この記事)