先日の日曜日にロンドン五輪が終了しました。


皆さん、どんな感想なり、印象をもたれたでしょうか。


日本は過去最高の38のメダルを獲得する大活躍でした。


その中で私が一番印象に残ったのがチームワークがもたらすパワーの素晴らしさでした。


今回、日本は団体競技で過去最高の8個のメダルを取りました。


競争の激しい団体競技でのメダルというのは体格で劣る日本人にとって大変なことです。


女子サッカー、競泳の男女リレー、女子バレーボール、女子卓球、体操男子、そして女子ア


ーチェリーと男子フェンシング。




いずれも素晴らしかったですが、本来個人競技の競泳チームのチームワークがまず際立って


いました。


ワンパという円陣を男女チーム全員で必ず組むのですが、大会前はチームを3つに分けてそ


の競争までしたそうです。


チームが編成されてからは他チーム員の批判や悪口は一切禁止。


コーチからチームで戦うことの大切さを懇々と言われるそうです。


水泳陣がチームワークを重視するようになったのは、アトランタ五輪で史上最強のチームと


言われながらメダルゼロに終わった反省があったからだそうです。


選手個々の戦いになってしまい、ただでさえプレッシャーの受けやすい日本人選手が委縮し


てしまったという苦い経験があったからだそうです。


入江選手が自分の競技が終わってこの後のことを聞かれた時、「27人全員がリレーをつな


ぎ切るまで終わっていない」と答えています。


男子メドレーリレーでも「康介(北島)さんを手ぶらでは帰せないと誓った」という話はグ


ッときました。


こうして日本水泳陣はチームで戦い、過去最高の個人のメダル獲得に結び付けたのです。




女子バレーボールでは、決勝進出12チームの中で身長が一番低い日本が28年ぶりのメダ


ルを手にしました。


徹底的に守備を磨き、全日本男子選手のスパイクを取る練習をし、守備のへたな選手はたと


えスパイク力があっても代表に選ばないという考えに徹しました。


統一した方針というものがあってチームはひとつにまとまります。


同じく女子バレでは、決勝で活躍した迫田選手が、自分とレギュラーの座を競い合った石


田選手のユニホームを着て試合に臨みました。


こうした他者への思いやりもチームワークを支える大事な要素なのだと思います。




なでしこでは、澤選手が「最高の仲間、最高舞台、そして最高の相手と戦えたことに感謝し


たい」との名言をはいています。


負けてしまった相手にまで感謝の思いを忘れない謙虚さが、なでしこのチームの強さでした。


準決勝のブラジル戦で、ブラジルが一方的に攻めますが日本は守りきり、数少ない得点機を


活かして逃げ切りました。



ブラジルの選手や監督は「我々の方が多くのチャンスをつくった」と悔しがったそうですが、


ブラジルに向けたテレビ中継の解説者であった元ブラジル代表のエジーニュ選手が、「チー


ムとしての完成度が全く違う。この試合、ブラジルはどうやっても日本には勝てないだろう」


と試合途中にサッカー王国・ブラジルの民に語りかけたという逸話が昨日の日経新聞に紹介


されていました。




たとえ身体能力で劣っていてもチームワークで勝ち抜く。


団体競技の素晴らしさ、日本人の素晴らしさを教えてくれたロンドン五輪ではなかったでし


ょうか。


個々で戦うのではなく、チームで戦う。


「一人じゃない」、この意識が個人で戦う選手にも大きな力を与えるのです。


私も含めて、当社の各チームのリーダーは肝に命ずべき言葉だし、こうしたチームワークの


強化の必要性を改めて教えてくれるいいオリンピックだったと思います。




今、大きな仕事をさせていただいているK社さんで、Hさんという女性の担当者がおられます。


私はいつもこのHさんの応対が気持ちよくて、人柄もよくできた人だなと感心しています。


何故かというと、「ありがとうございます」が彼女の口癖なのです。


私達が宿題になっていたペーパーをお渡ししても「ありがとうございます」


預かっていた資料をお返ししても「ありがとうございます」


彼女が作成した資料に「このようにしてみてはどうでしょうか」とアドバイスしても「ありが


とうございます」


すべて我々のしていることは受託した業者としては当たり前のことなのです。


まして彼女はお客様側の主担当者なのです。


だけどすべて彼女は「ありがとうございます」なのです。


私は感心してしまうと同時に、いい親御さんに育てられたのだろうな思わずにはおれませんで


した。




一日10回、「ありがとうございます」と言うと幸せになるといいますが、Hさんのためにも


いい仕事をしないといけないと思わないわけにはいきません。


感謝の気持ちを持っている人は、実にさわやかで、仕事でも面でも周囲の方がなんとかしてあ


げたいという気にさせるのです。





ロンドン五輪では水泳陣は金メダルこそなかったもののメダルラッシュで気を吐きました。


その水泳陣の競技後のインタビューが実にさわやかでした。


「頑張れたのも、周囲のいろんな人達のお陰です」といったような感謝の言葉をまず述べて、


最後は決ったように「ここまでやれただけでも最高に幸せです」と締めくくるのです。


メダルをとった選手も、予選で負けてしまった選手も私が見ている限りでは皆、同じでした。


おそらくコーチ、ひょっとしたらメンタルトレーナーの指導の結果だろうと思います





プレッシャーや不安な気持ちに押し潰されそうになった時、それに打ち勝つ大きな手段のひ


とつが実は感謝の心でもあるのです。


感謝の心は幸福感につながるからです。


幸福感は心と体をリラックスさせます。



闘争心は絶対に必要なのですが、それが欲に転じてしまうと逆に自分の心と体を縛ってしま


うものなのだそうです。


スポーツにおいても、欲ではなく、感謝の気持ちが強い自分を育ててくれるのです。

ロンドンオリンピックですが、私は格闘技が好きで五輪では柔道をよく見ています。


その柔道ですが、序盤戦では金メダル一個に止まっています(7月31日現在)


当初、金メダルが有力視されていた男女柔道の軽量級2クラスで一つも金メダルが取れなかった


ことが大きく影響しています。


柔道を見ていて思ったのですが、日本の選手は金メダルを意識し過ぎではないでしょうか。


もちろん世界選手権王者だったり、世界ランク上位の日本人選手が金メダルを目標にするのはわ


かります。


でも、「金以外はメダルじゃない」と言った発言を聞くと違和感を覚えます。




例えば、前回五輪で銅メダルや銀メダルの選手が次は金だとメダルの色にこだわるのならわかり


ます。


でも、北京五輪で一回戦敗退したり、銅メダルにも届いていない選手が「金メダルでないとダメ


だ」みたいな感じでまなじりを決している姿は私には不遜に見えてしまいます。


その上、なんか悲壮感すら漂い、緊張感がこちらまで伝わってきます。


オリンピックには魔物が住むとまで言われる大舞台において、「金メダルじゃないとダメだ」論


は、自分でプレッシャーの墓穴をほっているように見えます。




国内でどんなに強くとも、世界選手権で活躍しようとも、五輪で実績のない選手は「お前は挑戦


者だ、謙虚にひたすらしゃにむに戦え」とコーチは指導すべきではないでしょうか。


金メダルが当然とするコーチやマスコミも含めた選手の周りの雰囲気も異様です。


もちろん高い志を持つことは大事ですが、目標と目的を取り違えるととんでもないことになりが


ちです。




目標は金メダルでいいにしても、目的は柔道を通して選手それぞれの思いや夢があるはずです。


会社の経営でも経常利益率10%達成というのは目標ではあっても、目的、つまり会社という組


織の価値ではありません。


利益率達成に目的を置いてしまうと、そのために何をやっても許される社風を生み、やがて社会


から非難を浴びるような大きな不祥事へと展開しかねません。


したがって金メダルが取れなくても、その選手の目的(価値)は依然として存在続けるし、銅メ


ダルで終わった人は次は銀以上という明確な目標を得たと感謝し、喜べばいいと私は思います。


指導者達やマスコミが、若い選手に必要以上のプレッシャーを与え押し潰しているようにすら私


には見えます。





関係者の努力が報われ、今や世界中に柔道は広まり、JUDOは日本固有のスポーツではなくな


り、まさに世界のJUDOなのです

格闘技の柔道から、ポイント制のスポーツ競技JUDOになったのです。


美しい投げ技で一本を取るのが柔道の魅力ですが、外国人選手の戦い方は、そんなきれいごとの


柔道ではない感じがします。


かけ逃げや、組み手が不利なら自ら先に倒れてしまう、場外に出てしまう。


投げられ方もホールを逃れるレスリングの選手のようなひねりやブリッジでかわす。


北京五輪の時などは、いきなり足タックルする選手がいて、「おい、おい、レスリングとちゃうやろ」


なんて思ったものです。




正しい柔道を世界にアピールしたいという日本柔道界の思いはわかるのですが、そのために選手


に必要以上のプレッシャーをかけ、潰してしまってはなんの意味もありません。




昨夜、女子柔道57キロ級で金沢出身の松本選手がみごと初の金メダルをもたらしました。


これまでの選手と違い、闘争心をむき出しに、がむしゃらに前に出るタイプです。


下馬評の高かったその前の2階級の選手たちに比べて松本選手はJUDOをしていたと素人の私


にはそう見えました。




この先も日本の柔道がオリンピックへの参加を続けていくのであれば、そして金メダルにこだわ


るのであれば、柔道をJUDOとして受け入れて筋力トレーニングなどの身体能力の強化方法を


見直したり、外国人選手のようなうまい投げられ方・倒れ方を練習したり、そしてなにより北京


五輪の時の女子ソフトボールチームや水泳競技のように、精神的に弱い選手達のメンタルトレー


ニング導入など科学的な新たな育成体制に取り組んだ方がいいと思います。



日々工夫、チェンジする努力も必要なのです。


素人が生意気なことを言っていることを百も承知の上で、ロンドン五輪の柔道の序盤戦を見た私


の勝手な感想を今週の卓話としました。



まもなくロンドン五輪が開幕します。


先日のNHKその特集ということで3日連続で五輪注目のアスリート達を取り上げていました。


2日目に男子体操で金メダルが期待される内村航平選手が取り上げられていました。


私は残念ながらその回だけみられなかったのですが、女房によると内村選手はすごいんだそうです。




自分がやっていない技を他の選手がやっている時の映像を見せます。


その際の内村選手と違う選手の脳を調べるとその活動のレベルがまったく違うそうです。


内村選手はイメージ画像の働きがものすごく活発化している。




本人によると自分がやってもいない技なのに、実際にやっている選手と同じように天井が見え、床


が見え、周囲の景色の変化が次々とイメージとして湧きあがって来るのだそうです。


したがってやったことのない技でも内村選手はすぐに自分のものとしてできてしまう。


このようにすべての技が彼の頭の中で完璧にイメージされており、だから彼は「まったくプレッシ


ャーは感じない」と言いきっています。




もし我々が彼と同じようにすべてフルカラーでイメージできれば常に目標は達成されるでしょう。


どうして彼がそのような能力を身に付けたのかはわかりませんが、3歳から体操をしていた彼の想


像を超えた練習量がそうした力を生んだのではないでしょうか。


まさに彼はイメージを潜在意識に簡単に刷り込むことができる類まれなアスリートと言えます。





今やスポーツ選手にとって、イメージトレーニングは欠くことのできない練習です。


こんな実験結果があります。


バスケットボールの選手を二つのグループに分けます。


片方は練習終了後、30分間、ひたすらプリースローの練習します。


もう一方は、イメージだけでフリースローの練習を頭の中で繰り返します。


一ヶ月後、双方をフリースローで競わせたところ、イメージトレーニングの方が勝ったそうです。





筋肉で身体は動きますが、その筋肉を動かしているのは脳なのです。


だから脳がその気にならないとなにごとも成就しない。


人の思いの念は強く、松下幸之助は「自分の周囲に起る事象のすべてが自分の心の反映である」


とまで言っています。





その思いがどれだけ強いかで、実現できるか、実現できないかも決まると言われています。


稲盛さんは、自分の思いがカラーで鮮やかに見えるまで自分の心に強い願望を抱けと言っています。


内村選手はまさにこのカラーで見える状態にまで自分をもっていっているわけです。


嫌々いくら練習しても身に着かないのは、肝心の脳がその気になっていないからです。




それは仕事も一緒でしょう。


内村選手までもいかなくとも、私達も心に常に強い願望を抱き、毎年の目標や会社の理念の実現を


図っていかなければならないと改めて思った次第です。

宇宙は今も拡大・発展を続けており、すべての物を育て、良い方向へと発展させようとする


愛の意思があるーという稲盛和夫さんのお話しを先週紹介しました。


宇宙の意思と同調できれば、人にも当然こうした拡大のエネルギーが働くというものです。


神様とか宇宙の意思とかいうと抵抗を感じる方も多いと思いますが、私も若い時はそうでし


た。


ただ、長年いろんな方の話や本を読んだりするうちに、人智の及ばないそういった存在があ


るのかもしれないと思うようになりました。





いずれにせよ拡大のエネルギーを呼び込むのは喜び、達成感、笑い、感謝の気持ち、他人を


思いやる心、分かち合う連帯感、良い姿勢とキビキビした対応などだそうです。


逆に、縮小のエネルギーも働きます。


縮小させる要因となるのは、不平、不満、愚痴、しかめっ面、自己中、嫉妬、怒り、嘆きと


悲しみ、悪い姿勢、だらしない態度などです。


したがってエネルギーを拡大させる行為を日常化している人は、エネルギーに満ち、健康的


で、明るく、そして発展し、幸せになると言えます。


縮小エネルギーが日常化している人は逆に暗く、不健康で、成長もせず、自ら不幸を引き寄


せると言えます。


つまり不幸になる人は精神生活習慣病といってもいいかもしれません。


その習慣を変えない限り、人は幸せにはなれないと言えます。



例えば、高速道路で渋滞に巻き込まれたとします。


エネルギーを拡大させていく人は、仕方がないと音楽でもかけて、陽気に歌を歌ってまぎら


わそう、ないしは時間を過ごそうと考えます。


一方、エネルギーを縮小させる人は、怒鳴ったり、割り込んできた車に腹を立てたり、ハン


ドルをたいたり、しかめっ面で恨み節、はたまたあのインターで降りれえば良かったと後悔


したり、果てには道路公団を恨み被害者としての嘆きを繰り返します。



同じ現象に遭遇しても180度違いが生じ、それが幸福か不幸かの明暗を分けます。


人生において「被害者としての対応」が身についてしまった人は、その身に同じような事象


を繰り返し起こすそうです。


何故なら環境が変わっても自分で被害者としての要因を探してきて、そこに安住してしまう


からです。


したがって、一生、被害者で終わるわけです。


世間や家族や自分の運のなさや、会社や上司、友人を恨んで死んで行くということです。


つまり今さら変えられもしない過去に縛られる人生とも言えます。



一方、拡大エネルギーを持つ人達は、不平や不満を言うエネルギーを問題解決に使おうと考


えます。


これが大きな違いです。


「勝者は解決策に目を向け、敗者は不平に終始する」


エネルギーを縮小させる精神構造を持っている人は、それをエネルギーを拡大させる構造へ


と変える必要があります。



この際、注意しないといけないのは、過去の失敗などは意識して水に流してしまうことで、


決して自分を責めてはいけません。


自分を責めると屈辱感、罪悪感につながり、他人のせいにしてしまうのと同じように自分の


エネルギーを消耗させてしまいます。

うつ病になる要因のひとつにこれがあります。


これは肝に銘じておきましょう。


「自分に責任をもつこと」と、「自分を責めること」は違うということです。


そして是非、当社の社員の方々は、エネルギーを縮小させる思考パターンを極力排除し、エ


ネルギーを拡大させる生活習慣を心がけて欲しいと思います。