ロシア文学 戦争と平和 その十 | ScrapBook

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その十 ①405〜421

出勤前の時間に第一部第二篇11と12を読んだ。11節ではオーストリアのフランツ皇帝に謁見するアンドレイを、12節は謁見が終わったアンドレイと外交官ビリービンとのやりとりを描く。

 

迫り来るフランス軍を止めることもできず押し切られ続けるオーストリア軍。その様を表すかのように、フランツ皇帝は愚帝とまでは言わないまでも、危機に瀕する国家を救う度量がある君主ではなかった。アンドレイを前にしたフランツ皇帝は、なんと話していいかわからず、まごついた様子であり、会話の内容も仕方なく聞いているといったものに過ぎなかった。

 

謁見の前夜、ロシアの外交官ビリービンから、アンドレイが戦場から持ってきた知らせはオーストリアが歓迎するものではないだろうと聞かされていたのだったが、オーストリアの高官たちはアンドレイを取り囲み、お祝いの言葉を投げかけたり勲章を授けたり、全軍に報賞まで用意した。すっかり気分をよくしたアンドレイは、オーストリアの宮廷が自分を丁重に扱った様を父に伝える手紙を頭の中で下書きしながら、行軍中に読む本を探しに書店に立ち寄り、ビリービンが住む家まで戻ってきたのだった。

 

ビリービンの館に戻ったアンドレイは彼から、ウィーンにいたフランス軍が、ブリュンに向けて進軍していることを聞かされる。なんでも、オーストリアの将軍アウエルスベルクは、ナポレオン麾下のミュラ、ラン、ベリヤール元帥の甘言にすっかり騙されてしまい、爆破するはずの橋をそのまま敵に明け渡してしまったというのである。アンドレイの頭の中には、クトゥーゾフが率いる軍勢がフランス軍に撃破される様が描かれる。自分が尊敬するナポレオンが勝利する相手は、自分が副官を務める軍勢である。「悲しくもあり、同時に楽しくもあった」。また、ロシア軍が危機に陥っていることを、ロシア軍の中で知るのはアンドレイだけである。つまり、ロシア軍を救い出すことができるのは彼だけなのだ。もしも自分がロシアの全軍を絶望の淵から救ったならば、その功績は「無名の将校の群れから引き出して、栄光への最初の道を開いてくれる」にちがいない。

 

軍に戻ろうとするアンドレイに向かってビリービンは諭すように話しかける。

「なんのために行くんです? 僕にはわかっています。軍が危機に瀕している今、自分の義務は軍に駆けつけることだ、とあなたは考えているんでしょう。それはわかりますよ、あなた、それはヒロイズムというものです」。

自分の行為はヒロイズムではないと否定するアンドレイに向かってビリービンは続ける。

「しかし、あなたは哲学者ですからね、徹底的に哲学者になって、物事を別の面から見てごらんなさい。そうすればあなたは、自分の義務が、逆に、自分を大事にすることだ、ということを悟りますよ。そんなことは、それ以外なんの役にも立たないほかの連中に任せておきなさい……(以下略)」。

 

ここを発ってクトゥーゾフの元に向かったところで、軍に合流しないうちにフランスとの間に講和が結ばれるか、またはフランスと戦い敗走し辱めを受けるしか道はない、アンドレイにここに留まる決心を迫る。が、「軍を救うために行く」ことを決断するのだった。