ScrapBook

読んだ本についての感想文と日々の雑感

ぼくはこの船から降りることができなかった。だから、楽になるために残された道は、人生から降りることだった。一段、また一段、と。夢でできた階段。一歩進むごとに、それらの夢に、さよならを言ったのさ。
友よ、ぼくは気違いじゃない。救いを求めて楽になる方法をみつけようとしているかぎり、人間は気違いにはなれない。どん底からはい上がろうとする人間は、飢えた動物のように狡猾だ。狂気の入り込む余地など、ありはしない。そこにあるのは、神より与えられた素晴らしい知恵。幾何学的な完璧さだ。夢に蝕まれて、ぼくの魂はボロボロになりそうだった。夢に向かって歩めばよさそうなものを。ぼくにはそれができなかった。
アレッサンドロ バリッコ「海の上のピアニスト」

フィッツジェラルドは見事な才能を持つ作家だったが、器用な作家ではなかった。そして失意のうちに酒に溺れるようになった。しかし、作家フィッツジェラルドの素晴らしい点は、現実の人生にどれだけ過酷に打ちのめされても、文章に対する信頼感を失わなかったことにある。彼は最後の最後まで、自分は書くことによって救済されるはずだと固く信じていた。(中略)フィッツジェラルドは死の間際まで、しがみつくように小説を書き続けていた。「この小説が完成すれば……」と自分に言い聞かせていた、「すべては回復される」。
村上春樹「スコット・フィッツジェラルド——ジャズ・エイジの旗手」

テーマ:
勉強が一段落したので、これから仕事をしようかと思ったが、辞めにした(明日は公休なのだが、どうしても外せない要件があり、午前中に数時間ほど出勤しなければならない。明日できることは明日しよう!)。そして、ビールを飲むことに。今日は日曜日なのだから。

さて、気持ちを取り直して、Sonny Clarkを聴くことに。続いてのアルバムは、Dial S For Sonnyである(因みに、僕の持っているCDは1996年に東芝EMIから発売されたもので、評論家によるライナーノーツだけでなく、オリジナルアルバムの裏側に記されていたライナーノーツの翻訳まで付いている)。

アルフレッド・ヒッチコックが監督した映画「Dial M for Murder」をもじったタイトルといい、おしゃれなジャケットデザインといい。申し分ない。参加したメンバーは、PianoのSonny Clark以外は次の通り。
Art Farmer - trumpet
Curtis Fuller - trombone
Hank Mobley - tenor saxophone
Wilbur Ware - bass
Louis Hayes - drums
オリジナルのライナーノーツによると「この日のために集まったミュージシャンは、ソニー・クラークがみずから選んだ顔ぶれ。全員がブルーノートの録音は経験済みだ」。
Hank Mobleyが加わっているだけでも作品の価値が上がるところに(彼らの共演作をもう少し残しておいて欲しかったところだ。できれば、MobleyのワンホーンアルバムのバックをClarkが担当するとか)、Art FarmerとCurtis Fullerまでが参加しているのだから、悪くなるはずがない。

録音された日はSonny Clarkの26歳の誕生日であった(彼はこの日から4年半ほど後に死去してしまう)。

演奏だけでなく作曲の能力を重視したであろう、Blue NoteのプロデューサーであるAlfred Lionが重用したアーティストであったSonny Clark。そのことは、初リーダーアルバムである本作に収められた6曲中4曲が彼のオリジナルであることからも分かるだろう。

オリジナルのライナーノーツは次のような賛辞で締めくくられている。
「ブルーノートはまたしても価値ある若い才能を紹介する機会を持つことになった。ソニー・クラークは特筆すべきものを持ったまじめで好感のもてる若者であり、ジャズ界お重要な新人として、ここに登場している(ロバート・レヴィン)」。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
同じテーマ 「JAZZ」 の記事

テーマ:

昨夜は、小野孝司さんのジャズライブに足を運んだ。

 

小野さんは毎年一度、郷里である新居浜市でライブを行っており、昨夜は、あかがねミュージアム 。

今回で13回目ということだ。

僕がライブを聴くのは昨夜で三度目になる。

 

埼玉県久喜市にある #ジャズ喫茶 パウエル のご主人から小野さんをご紹介いただいたのが今から三年ほど前のことだった。

ご主人のツイッターで、小野さんを応援するツイートを拝見したのだ。

その小野さんが新居浜市でライブを行うというから、急いでチケットを購入し、小野さんのプロフィールをネットで見ていると、新居浜市のご出身であることを知ったのだった。

そんなことをふと思い出しながら、会場に向かった。

 

入り口で配られたプログラムには、今夜の演奏曲名が記されており、

そこには、小野さんが敬愛するバド・パウエルの曲やスタンダードの間に、

かつて美空ひばりさんのバンドで演奏した小野さんらしい選曲もあった。

 

18時過ぎに開演。

ピアノトリオによる枯葉でスタート。意匠を凝らしたアレンジが施されており、新鮮な響きを感じたAutumn Leavesだ。

バド・パウエルで有名なUn Poco Locoでは、ドラムの岡田朋之さんをフューチャーし、演奏に熱が入り始める。

一転、美空ひばりさんの曲、川の流れのようにでは、

ピアノの一音一音が、まるで静かな物語のようであり、

タイトルにふさわしい流れをもった演奏だった。

続いて、ボーカルの渡辺明日香さんが登場すると、ステージが俄然華やかになった。I Love Being Here With Youの、圧倒的な熱唱で聴かせる。

このあたりの展開は、「JAZZ BE- BOP ENTERTAIMENT」としているタイトルの通りだ。飽きさせない、まさにエンターテイメントの世界。

リクエストの3曲(フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン、スターダスト、見上げてごらん夜の星を)を挟んで、前半のおしまいは、Bud On Bach。小野さんによるこの曲の演奏は、一昨年前にも接したが、前回よりも流麗な印象を受けた。

 

チャーリー・パーカーの曲Moose The Moocheで後半が快調にスタート。

続いて演奏した、ハウルの動く城が、まるで古くからのジャズのスタンダード曲のように耳に届いてきたことには驚かされた。

一昨年前にも演奏されたリンゴ追分は、前回とアレンジが異なっていた。ひとつの曲に深く入り込もうとしている、小野さんの姿勢が窺えるようで興味深いものだった。

再び渡辺明日香さんが登場。ピアノとユニゾンで、バド・パウエルのCeliaを熱唱。この曲に歌詞が存在することに驚いたが、それ以上に明日香さんの歌が、ほとんど管楽器と化していたことにことさら驚かされた。

アントニオ・カルロス・ジョビンの曲Caminhos Cruzadosでは奥行きのある味わいのある歌声を、Gone With The Windでは、ジャズボーカルの王道を、それぞれ聴かせてくれた。

最後にトリオによるTin Tin Deo。演奏が前に前に進みながらも、そこここに歌心とでもいったものが聴き取れるものだった。

 

アンコールには、渡辺明日香さんが歌う明るい表通りでが演奏され、会場からの手拍子とともに二時間あまりの公演が終了したのだった。

 

座席を立ち、帰路に向かう客の長い列を抜けると小野さんが立っておられた。お一人おひとりと握手をしたり軽い談笑をしていた。

「加藤さんですね?」

二年前に一度しかお会いしていないにもかかわらず、僕の顔を名前とを覚えていてくださっていたことにいささか驚かされた。

「すごくよかったです」と短く応えるのがやっとだった。

今夜の演奏は緊張してという小野さん。

しかし、演奏がとても素晴らしかったことは、小野さんご本人が確信していたに違いない。

握手をしてくださったその手がそう語っていたのだから。

#新居浜市 #ジャズ #ジャズ喫茶 #あかがねミュージアム

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

八月十七日、伯母が亡くなった。八十三歳であった。三年前の八月二十日には、伯父が亡くなった。八十歳であった。二人には幼い頃(生まれた頃)から、お世話になり、かわいがってもらったものだった。
近しい人が亡くなると最近頭をよぎる、三木清の「人生論ノート」の一節。

「私にとつて死の恐怖は如何にして薄らいでいつたか。自分の親しかつた者と死別することが次第に多くなつたためである。もし私が彼等と再會することができる――これは私の最大の希望である――とすれば、それは私の死においてのほか不可能であらう。假に私が百萬年生きながらへるとしても、私はこの世において再び彼等と會ふことのないのを知つてゐる。そのプロバビリティは零である。私はもちろん私の死において彼等に會ひ得ることを確實には知つてゐない。しかしそのプロバビリティが零であるとは誰も斷言し得ないであらう、死者の國から歸つてきた者はないのであるから。二つのプロバビリティを比較するとき、後者が前者よりも大きいといふ可能性は存在する。もし私がいづれかに賭けねばならぬとすれば、私は後者に賭けるのほかないであらう。」
三木清 「人生論ノート

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:


今年の七月十七日には、久しぶりにJohn Coltraneをまとめて聴いたこともあり、十七日が過ぎた後も、ぽつぽつと彼の残した作品を手にしていた。

彼が残した音源はすべて聴いてやろうと思ったのは、ジャズを聴き始めて数年ほど経った頃のことで、imlulse!の作品がCDになり体系的に発売された始めた頃のことだった(九十一年や二年頃のことではなかろうか)。
当時、社会人になったばかりの僕の懐はたいそう寒いものだったが、酒を飲み本を読むということ以外、これといった楽しみのなかった僕は、給料が入るたびに、近所のレコード店に行っては彼のCDを物色していたのだった。

そんなことを思い出していると、自分のジャズを聴き始めた原点とでもいうべきところは、John Coltraneであり、久しぶりに彼の演奏を浴びるように聴いてみたいという衝動にかられ、Live Traneというボックス(CD七枚組)を購入したのだった。
一昨日から聴き始めて、まだディスクの二枚目を聴いている最中なのだ。が、ディスクの二枚目のMy Favorite Thingsと他二曲は、かつて、Birdlandでの演奏をまとめたInner Manとのタイトルで発売されていた音源だ。Live Traneのライナーノートによると1961年11月25日のハンブルグでの演奏とある。Birdlandでの演奏ではなかったのね。こんな具合に、没後半世紀経ってもいろいろなことがわからないTraneなのである。ライヴ・トレーン~ジ・ヨーロピアン・ツアーズ 7枚組ボックス・セット/ジョン・コルトレーン

¥14,364
Amazon.co.jp

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

John Coltraneは、やはり60年代後半の激烈な演奏がいいなあとか思いながら聴くSoultrane。1958年2月の演奏だから、Blue Noteに残したBlue Trainの5ヶ月後に録音されたものだ。いうまでもなく、Traneの演奏自体は、Blue Trainに比較してSoultraneの方が演奏技術が向上している感がある。
だが、作品のできは、明らかにBlue Trainのほうに軍配を上げたい。適当に演奏者を集めて、行き当たりばったりで作成されることが多かったであろう50年代のPrestigeの作品と比較して、Blue Noteレコードでは、しっかりとリハーサルを行い、だめなテイクは世に出さなかったアルフレッド・ライオンの審美眼の元、パッケージデザインまでトータルに考え抜かれていたのだから、大抵のレーベルは太刀打ちできなかったであろう(タイトル曲であるBlue Trainには別テイクがあり、マスターテイクは、演奏者のソロを継ぎ接ぎして作成されていた事実を知ったときにはいささか驚いたものだった)。

日曜日の午後5時。安物のビールもどきを傾けながら、聴くSoultrane。久しぶりに聴くと、おおざっぱに制作された作品とはいえ、優秀な演奏者をスタジオに集めて、制限時間内で好き勝手に録音された音楽が、すばらしいできであるのは、50年代というジャズ黄金時代の魔法の産物だ。こういった現象は、現代において、ふたたびネットを介して生まれそうな(すでに生まれているのかもしれないが)気がするのだけれども。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

先ほど、コルトレーンのライブ・イン・ジャパン(CD4枚組)を聴き終えた。どっぷりと疲れるかと思ったが、意外と寛ぎながら聴いたのだった。

 

さて、次は「至上の愛」を聴こう。

 

今僕の手元にある「至上の愛」は2セットあり、一枚は90年代に紙ジャケで発売された物。もう一枚は、2002年だったと思うが、オリジナルテイクに加えて、未発表テイクとライブ(ブートで出回っていた65年のフランス・アンティーブ・ジャズ・フェスティバルでの実況録音と同じ物)とをあわせた2枚組のデラックス・エディションである。

 

おもえば、僕が初めて購入したジャズのCDは4枚あり、コルトレーンの「至上の愛」と「ジャイアント・ステップス」、そして、マイルスの「リラクシン」と「マイルストーン」である(学生のくせに同じ日に購入)。1989年の夏頃に、御茶ノ水駅の裏側にあったディスク・ユニオン(注:今ある同店の場所とは違います)で購入した。大学3年生の時である。

ジャズは難しい音楽だという思いを抱きながら、それら4枚を何度繰り返し聞いたことか(「聴いた」ではなく)。

そんな苦行が数年ほど続いた92年の冬頃。社会人2年目を迎えていた僕は、休日にも関わらず家で仕事をしていた。なにげに手にした「至上の愛」のCD。それをオート・リピートで流しながら、報告書や企画書を書くという事務作業(パソコンがない時代だから言うまでもなくその作業は手書きだった!)をしていた。

 

「それ」は突然やってきたとしか表現のしようがない。

突然、いま、流れている音楽を演奏している人たちの集中力と情念とでもいったものを、僕は了解したのだった。共感というか、唐突にやってきた感動というか、衝撃というか、言葉にしがたい何かがやってきたことは、間違いがなかった。その時から、僕がジャズのCDを、とりわけ、コルトレーンのディスクを懸命に集めては、耳を傾けるという作業を続けたことは言うまでもない。

 

ところで、「至上の愛」は、オリジナルテイクを収録した翌日にアーチー・シェップとアート・ディヴィスとを加えたセクステットでも録音されたことは、よく知られていることだった。オリジナルテイクのPart4の末尾では、サックスの音が重なっているではないか。これは、コルトレーンがオーバーダビングしたものか、はたまたコルトレーンとアーチー・シェップとが奏でたものかと長い間、疑問に思っていた。

それらの謎が解明されると思って購入したデラックス・エディション。ハラハラしながら聴いたディスク2(未発表テイク)に、落胆した人は存外多かったのではなかろうか?

なんじゃこりゃ? という展開の「至上の愛」。アート・デイビスはともかく、アーチー・シェップが「いかん!」。このセクステットの「至上の愛」は、言うなれば盆踊りみたいな「のり」なのである。「至上の愛」は崇高な音楽でなければならないだろう。呪詛のような「A Love Supreme、A Love Supreme~」は合計19回繰り返される。密教であるカバラでは(諸説あるらしいが)、19の「1」は個人を「9」は宇宙を表す数字だとか。

それが、盆踊りである。

かなりがっかりしたが、気を取り直して、久しぶりに「至上の愛」を聴いて、やはり身が引き締まる思いだったことを懐かしく思いだした。

 

やはり、未発表テイクというものは、公開しなくてもいいだろう。むしろ、未発表ライブというものを、レコード会社は積極的に発掘してもらいたいものだ。

いまから、51年前にコルトレーンが日本に残した演奏も、残されているという噂だ(神戸でのライブは、地元のラジオ局が録音したとかしなかったとか)。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

今日、地元のレコード屋さん(CDショップなんだけれども、口癖だ)で購入したThe Dave Brubeck QuartetのThe Last Set At Newport。

ジャズのレコードやCDを購入するようになって四半世紀以上が経つ。この間に四千枚ぐらいは購入しただろうか? だが、Dave Brubeckのリーダーアルバムを購入するのは、今日が初めてのことだ。なぜか、この人とは縁がないようであり、これまで時々手に取ることはあっても、自分で身銭を切ってまで買うまでには至らなかった。

ところが、今日は、本作のメンバーを見て触手が伸びた。

Paul Desmondはいないけれども、Gerry Mulliganを加えたQurtetであり、ドラムには、Tony Williamsの師匠であるAlan Dawsonが座っているではないか。Gerry MulliganとAlan Dawsonとが参加しているならば、買わなきゃならない(Alan Dawsonの演奏は、Booker ErvinがPrestigeに録音したBookシリーズの多くでドラムを担当しており、僕はその演奏で彼の演奏が大好きになった)。

 

おまけに本作は、避暑地であるNew Portで1954年から始まったJazz Festivalが、この地で行われた最後の演奏となった1971年7月3日の実況録音盤でもある。なぜ最後になったかということは、本作のライナーに譲るとして、3曲の演奏で35分ほどの演奏だが、これが激しいもの。人口に膾炙したTake FiveでのAlan Dawsonが素晴らしい。この人のドラムを聴くだけでも購入する価値がある。

リーダーのDave Brubeckには、瀟洒というイメージがあったが、本作では強靱なタッチでガンガンと押していくという演奏を聴かせる。

 

1971年。ロックの嵐が吹き荒れる中、Dave Brubeckにジャズマンの気骨を見る思いがするアルバムだ。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

 

お正月以来の三連休だったこの三日間。

土曜日は、Charles Mingusが1956年から61年の間にAtlanticに残した音源をまとめたボックス(CD6枚組)を、そして、昨日は、Ornet Colemanが同じくAtlanticに残した音源をまとめたボックス(CD6枚組)を、それぞれ一日かけて、じっくりと聴いた。

今日は午後から、Thelonious MonkがColumbiaにQuartetで残した音源をまとめたボックス(CD6枚組)を聴いている最中である。

いま、ディスク5枚目であるStraight No Chaserを聴いているところだ。午後10時過ぎにはすべて聴き終えるだろう。

 

ところで、Monkが残した作品の中でジャズ雑誌や書籍で取り上げられるものは、Riversideのものばかりであり、僕自身、長年、Columubiaのものは聴いたことがなかったし、関心もなかった。テナーサックスがCharlie Rouseであり食指が動かない上に、取り上げられている楽曲もMonkが四十年代に作曲したものを焼き直し演奏しているに過ぎないとの偏見があったからだ。加えて、Riversideの作品が頻繁に再発されるのに比べて、Columubia時代のものは、体系的に発売されたこともなく、放置されたままという印象が強い。

 

そんな中、昨年、なにげにAmazonで本ボックスが廉価で販売されていたのを見かけ購入し、六十年代のQuartetの作品をぽつぽつと聴き始めたところ、これが素晴らしいできなのである。「メジャーレーベルの音楽」といえば、わかりやすいだろうか。Milesの音源でもわかるように、彼がPrestigeに残した音楽と、Round MidnightをはじめとするColumubiaに残した音楽との間にある差を、レコード会社の資金力の差といってしまってはそれまでだが、こればかりは致し方ないことだ。

むろん、六十年代にMonkが率いたQuartetが、ジャズの可能性を切り開いたかといえば、否定的な答えをせざる得ない。Monkが七十年代にほとんど活動を行わなかったことは、彼の病状が多分に影響しているとはいえ、六十年代の活動から先に何かがあると彼には思えなかったからではなかろうか?

 

そうはいっても、このボックスに収められた6枚のディスクはどれも聴き応えがあるものばかりだ。この時代にMonkにぴたりとあわせることができたサックス奏者は、Charlie Rouse以外に考えられないほど、ここでの彼はMonkの次の手を十分に理解した上で演奏しているように思えてならない。こんな演奏ができたのは、彼以外にいかなっただろう。

 

アルバムごとに数曲おかれたMonkのソロ・ピアノがまるで幕間劇のようだ。なお、この時代のソロピアノ作品だけを集めた2枚組CD「Monk Alone」もあわせて聴きたい。

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。