ロシア文学 戦争と平和 その十一 | ScrapBook

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読んだ本についての感想文と日々の雑感、時々音楽のお話を

その十一 ①421〜460

出勤前の時間に第一部第二篇13〜17を読んだ。

 

重要な情報を持って総司令部に戻るアンドレイが遭遇したのはフランス軍ではなく、幸いなことに退却途中のロシア軍であった。ただし、規律が取れておらず乱雑にまじりあった部隊は、混乱状態の体であった。この様子に直面した彼は、別れたばかりの外交官ビリービンが「これが愛すべき正教の軍勢だ」という言葉を思い起こすのだった。

 

やっとの思いで総司令部に合流できたアンドレイであったが、司令部においても情報が混乱しており、ネスヴィツキーら副官は、フランスと講和をするのか、または降伏するのかと彼に問いかける有様である。

 

ウィーンから進撃を続けるフランス軍がロシア軍を包囲殲滅できる状況にあることを、クトゥーゾフは十一月一日に斥候を通じて知っていた。彼は苦肉の策として、ロシアからの部隊と合流するためにクレムスからオルミュツへ退却することを選択する。そして、フランス軍の進軍を少しでも遅らせるため、バグラチオン将軍の四千名の兵力を割き、ウィーン—ツナイム街道に向かわせた。バグラチオンを見送ったクトゥーゾフに、「もしあの男の部隊から、あす十分の一戻って来れば、わしは神に感謝する」と言わせた作戦である。アンドレイは、総司令官から自分に付き従うよう命じられるが、彼が窮地に向かうバグラチオンと行動を共にすることを願うのも、彼の中でふつふつと湧き立つ「英雄」的な行為に自分自身を投げ打つ覚悟があるからだ。

 

ウオースリア軍がィーンで失策を演じたように、今回はフランス軍の元帥ミュラが軽率にもバグラチオンの軍勢をクトゥーゾフの全軍であると思い込み、不用意にも休戦の申し込みをしてしまう。この失策のおかげで、連日の行軍により疲弊しおまけに飢えていたバグラチオンの軍勢は、数日の猶予を得て戦う態勢を整えることができたのだった。

 

ミュラの過ちに気がついたのはナポレオンであった。「進軍せよ、ロシア軍を撃滅せよ……」とのナポレオンの命が前線のフランス軍に届く頃、アンドレイはバグラチオンの軍勢に加わることができたのだった。到着早々に彼は軍の布陣を見て周り、フランス軍が攻撃を加えてきた場合の、部隊それぞれの動きについて思考を巡らせることができた。

 

フランス軍の攻撃が始まった。砲撃が開始され大軍が攻め寄せてこようとしている最中、アンドレイは、自分がどのようにしてこの戦場においてナポレオンのような英雄になるのかと思う。

「始まった! いよいよ来た」「しかし、どこなんだ? どんなふうに現れるのだ、おれのトゥーロンは?」

 

一方、彼の上官であるバグラチオンの元に次々と前線からの知らせが届く。

「そうか、そうか」

バグラチオンは頷くばかりである。アンドレイは不思議に思うのだった。「驚いたことに、命令は何も与えられず、バグラチオン公爵はなにもかも、必然や、偶然や、個々の指揮官の意志で行われているのだし、なにもかも自分の命令によってではないが、自分の意図に沿って行われているのだ、という素振りをしようと努めているのを、見て取った」のだから。

 

通信技術が発達した現代ならばともかく、十九世の技術では、ひとりの人間が広範囲に展開した軍隊の動きを瞬時に把握し指示を出し、命令を受けた部隊がその指示通りに行動することは困難であったはずだ。

 

では、戦場における英雄とは何か。バグラチオン将軍の振る舞い(「素振り」)は、「英雄」に自分自身を重ねようとしていたアンドレイには奇異なものに思えたに違いない。